七福神とは|ご利益,名前の意味等解説 布袋/恵比寿/大黒天/毘沙門天/弁財天/福禄寿/寿老人

七福神

七福神とは|各七福神の名前やご利益/意味を解説

七福神とは日本で独自に信仰されるようになった7柱の福をもたらす神様を意味します。

縁起の良い神様として選ばれた7柱の神様にはそれぞれに意味する福、ご利益があります。

今回はそれらについてや、日本以外のインドや中国由来の神様がいる七福神の信仰とはどのように広まったのかを解説いたします。

七福神の名前と読み方

七福神のメンバーとなる神様の名前と読み方はそれぞれ次のようになります。

  • 大黒天  だいこくさま
  • 恵比寿  えびす
  • 弁財天  べんざいてん
  • 毘沙門天 びしゃもんてん
  • 布袋尊  ほていそん
  • 福禄寿  ふくろくじゅ
  • 寿老人  じゅろうじん

七福神の名前の覚え方の語呂合わせでは、以下のものが有名です。

「海老で鯛を釣るご老人。はじめが抜けてる 『はひふへほ』」

海老→恵比寿様
鯛→大黒様
ご老人→寿老人

「はじめが抜けてる『はひふへほ』」の部分は、『はひふへほ』の始めの『は』を抜いて、

ひ→毘沙門天
ふ→福禄寿
へ→弁財天
ほ→布袋尊

となります。

七福神のご利益や持ち物の意味等

七福神のご利益やそれぞれの役割(七福神の中での意味)をご紹介します。

大黒天|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 大黒天

大黒天は七福神としては財富を表す神様とされます。

大黒天の起源ははインドのヒンズー教の神様の破壊・武力の神であるマハーカーラ(シヴァ神の化身)という神様です。

大黒天という名前はそのマハーカーラが仏教の神様である天部として取り入れられた時に漢訳されて着いた名前です。

インドでは鬼のような怖い姿で描かれるのですが、中国日本と経て、今の福徳円満を授ける神様の姿となります。

この大黒天という仏教の神様が日本に平安時代もたらされると、今度は日本の神道の神様である大国主命(オオクニヌシノミコト)と習合(同一視)されるようになります。

大黒様という親しみを込めて呼ばれ、袋を持ち福耳で福相という満面の笑みの大黒天は、七福神の中でも人気の神様となり平安時代ごろから、天台宗の総本山比叡山延暦寺の台所に祀られるなど、その信仰が見られます。

七福神の大黒天のご利益

七福神としての大黒天のご利益は、由来となるヒンズー教の神や日本の神様である大国主命(オオクニヌシノミコト)のものの両方を引き継ぎ、以下のものがあるとされます。

  • 富貴栄達
  • 金運・財運向上
  • 縁結び
  • 五穀豊穣
  • 商売繫盛
  • 立身出世

等々

七福神の中でも金運や恋愛に関わるご利益が有名です。
※もちろん他にも寺社によって様々なものがあります。

七福神で打ち出の小槌/袋を持つのは大黒天

七福神の大黒天像や絵で描かれる姿は、

  • 右手に打ち出の小槌
  • 左手に袋
  • 足元には2つの米俵

というものが代表的です。

振れば様々なものが出てくる、富の象徴である打ち出の小槌に、

たくさんの福が詰まっていると言われる大きな袋、

お米でたくさん詰まった五穀豊穣を意味する俵、

大黒天像は七福神の「財富」を意味する神様にぴったりのお姿と言えますね。

大黒天についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

大黒様とは|ご利益や由来は何の神様か解説。祀り方や神社もご紹介

また、由来となる日本の神様の大国主命についてはこちらでさらに詳しく解説しています。

大国主命(オオクニヌシノミコト)とは?ご利益や神社の情報や国譲り等神話の物語も解説

恵比寿|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 恵比寿様

恵比寿様は七福神では「正直」を意味する神様とされます。

恵比寿様の起源は七福神の中で唯一の日本の神道にあります。

恵比寿様の起源とされる神様には複数の説があり、

また、他にも天皇家の祖となるニニギノミコトの子である山幸彦(ヤマサチヒコ、ホオリノミコト)なども恵比寿様の由来と言われます。

恵比寿様は様々な漢字表記(恵比須、戎、夷、恵美須等)が存在し、いずれも同じ恵比寿様を意味します。

七福神の恵比寿様の由来となる神は、黒様の由来となる大国主命(オオクニヌシノミコト)とつながる神様として日本神話で描かれ、最も有力なのは、蛭子神(ヒルコ)と事代主神(コトシロヌシ)の2柱は、

として描かれます。

親子であることもあってか、大黒様恵比寿様を並べて信仰することは古くから見られ、七福神として祀られるよりもその歴史は古いとされます。

七福神の恵比寿のご利益

七福神の恵比寿様のご利益は以下のものが有名です。

  • 商売繫盛
  • 航海安全
  • 大漁・五穀豊穣

十日えびすやえびす講でもおなじみの商売繫盛のご利益や、魚の鯛を持っていることからもわかる通り、海や川などに関係する漁の神様の側面を持ちます。

七福神で鯛と釣り竿を持つのは恵比寿

恵比寿様は右手に釣り竿、左手に鯛を抱えている姿で描かれます。

これは日本神話の事代主神(コトシロヌシ)が釣りをする姿で描かれていることや、恵比寿という言葉の由来が海に関係することにちなむとされます。

また、恵比寿は足をまげて座る姿で絵やイラストなんかで描かれますが、これは事代主神(コトシロヌシ)の神話に基づいてこのように描かれています。

恵比寿様についてや、その起源となる神様について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

恵比寿様とは|大黒様と祀る意味や由来・何の神様かご利益,神社等紹介

ヒルコ神(蛭子神)|恵比寿様と同一とされる神話に登場する不具の神様を解説

事代主神(コトシロヌシ)とは?恵比寿様との関係やご利益・祀られる神社をご紹介!

スクナヒコナノミコト(少彦名命)とは|神社・ご利益と神話の物語をご紹介

弁財天|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 弁財天

弁財天は「愛敬」を表す七福神と言われます。

弁財天の起源は大黒天と同様に、インドのヒンズー教の川/水の女神様サスラヴァティーです。

仏教に取り入れられて本来は弁才天と表記されていたのですが、日本に入ってきてからは財宝の神という性格が加わり弁”財”天と表記されるのが一般的になります。

弁財天は川の神・水の神という側面から、日本に入ってからは神道の宗像三女神、もしくはその一柱である市杵島姫命(イチキシマヒメ)瀬織津姫(セオリツヒメ)と習合します。

また、弁財天は水の神という性格からか、蛇神の宇賀神(民間信仰の神様)と習合したり、龍神伝説のある霊場で弁財天が現れたなど日本では様々なところで伝説を持つ神様となります。

ちなみに、インド神話では、ブラフマーという世界の創造神(仏教の世界の中の梵天)の奥さんとして描かれます。

七福神の弁財天のご利益

七福神の弁財天のご利益は次のようなものが有名です。

  • 金運・財運向上(財宝の神様)
  • 学業成就(学問の神様)
  • 技芸上達(芸能・芸術の神様)

弁財天は日本に独自の財宝の神というイメージも強いですが、本来のインドのヒンズー教で描かれる学問や芸能の神様と言うご利益もあります。

七福神で楽器(琵琶)を持つのは弁財天

七福神の中で唯一の女性のメンバーである弁財天は、天女の姿で手には琵琶を持ち音楽を奏でている美しい姿で描かれます。(妙音弁財天と呼ばれるお姿です)

実は日本に入ってきたばかりの、元々の弁財天のお姿は、一面八臂(一つの顔に8つの手)を持ち、武装して8本の手にはそれぞれに武器を持つ守護神という姿で描かれていました。

神奈川県の江島神社には、鎌倉時代に作成されたこの2種類の弁財天像があります。

鎌倉幕府を開いた源頼朝が戦勝祈願をしたという守護神としての弁財天像と、美しい芸能の神様としての弁財天像を見れるので、ぜひおすすめです。

弁財天と同一視される神様については以下にて詳しく解説しています。

イチキシマヒメ(市杵島姫命)|ご利益・神社や弁財天/瀬織津姫との説を解説

宗像三女神とは|ご利益や神話/伝説、祀る神社や弁財天と同一説を紹介

瀬織津姫とは?封印された龍神・弁財天とも言われる伝説の神様を解説!

毘沙門天|ご利益・七福神としての意味

多聞天 仏像 画像

毘沙門天は「威光」を意味する七福神とされます。

毘沙門天は弁財天同様、インドのヒンズー教の神様、クベーラ(ヴァイシュラヴァナ)という神様が前身となる神様です。

毘沙門天は別名多聞天と呼ばれ、仏教の天部の神様で、仏法の守護神である四天王の一柱として仏教世界で描かれます。

四天王最強の神様と言われ、お釈迦様の言葉は一言一句漏らさない「多くを聞く神様(天)」の意味で多聞天とも呼ばれる神様です。

日本では聖徳太子が仏教に反対する物部氏との戦争の際に戦勝祈願をし、見事そのご利益もあり勝利を収めたことから国家を守護する神様として、日本初の官制寺院である四天王寺に毘沙門天(多聞天)を含む四天王をお祀りしました。

七福神の毘沙門天のご利益

七福神の毘沙門天のご利益で有名なものは次のものがあります。

  • 商売繫盛(財宝の神様)
  • 勝運(軍神)
  • 病気平癒

毘沙門天と言うと、戦の天才上杉謙信も信仰した、上記の写真の仏像(東大寺の四天王立像)にあるような厳めしい軍神というイメージがあると思います。

しかし、インドの神様の中では財宝の神として描かれ、軍神というイメージは中国で後々付けられたものだと言われます。

そのため商売繫盛のご利益も知られますし、勝負に勝つという意味から病気平癒のご利益もあると言われます。

毘沙門天の仏教の世界でのお姿はこちらで詳しく解説しています。

多聞天とは|毘沙門天と知られる四天王のご利益や仏像の有名寺院を紹介

四天王とは|四天王像の見所や毘沙門天を含む仏教の守護神を解説

布袋尊|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 布袋尊

布袋尊は「大量」を意味する七福神とされます。

大量とは、度量の広さのことで、どんなことも笑って許す心の広さ、人望を意味すると言われます。

布袋尊は七福神で唯一、唯一実在した人間が神様として祀られるようになりました。

モデルとなったのは中国の僧侶で七福神のイラストなどで描かれる上記のような画像そのままの姿で、着の身着のままいろんなところを放浪していたとされます。

布袋尊は弥勒菩薩の生まれ変わりとされ、中国では古くから信仰されている神様です。

七福神の布袋尊のご利益

七福神の布袋尊のご利益は以下のものが有名です。

  • 子宝
  • 良縁
  • 商売繫盛

布袋尊は、その大きなお腹や日本で布袋尊を描く絵の中に子供と遊ぶ「布袋唐子図」などから、子宝の神様としても知られます。

また、度量の広さは即ち衆望を集めることと考え、人を呼ぶご利益、つまり良縁や商売繫盛のご利益があるとされます。

布袋尊の持つ袋は堪忍袋と言われる

布袋尊は大きな袋を背負っている姿で描かれますが、この袋は「堪忍袋」だと言われます。

大きな袋やお腹などは布袋尊の度量の広さを表していると言われます。

布袋尊についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

布袋尊(七福神)とは何の神様か|ご利益・ご真言やモデルとなった僧を解説

福禄寿|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 福禄寿

福禄寿は「人望」を意味する七福神とされます。

今回上記のイラストのように福禄寿と寿老人の両方が描かれたものにしているのは、福禄寿と寿老人を描く絵や像には左の頭の長い老人を福禄寿、右の帽子を被る老人を寿老人とするもの、その逆のものの両方が存在するからです。

左を福禄寿とするところが多いと思いますので、そちらを福禄寿と考えていただいて問題ありません。
※後程見分け方はご紹介します。

福禄寿は中国の道教の神様が由来とされ、福禄寿という名前は中国の人が人生で得たいとする幸せを意味するとされます。

  • 福:幸福、特に子宝
  • 禄:身分、財宝
  • 寿:長寿、健康

また、イラストで描かれるように、福禄寿は頭が長い老人として描かれますが、この頭の長さは人望を表し、また知恵も表すとされます。

日本には前週と共に、水墨画の画材としてもたらされ民衆にその信仰が広まったと言われます。

七福神の福禄寿のご利益

七福神の福禄寿のご利益は次のものが有名です。

  • 子孫繁栄
  • 立身出世
  • 健康長寿
  • 招徳人望

福禄寿という名前の通りのご利益です。

福禄寿の中国に伝説など詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

福禄寿(七福神)とは|ご利益・意味や七福神の寿老人との違いを解説

寿老人|ご利益・七福神としての意味

七福神 イラスト画像 寿老人

寿老人は「長寿」を意味する七福神とされます。

先ほど福禄寿のところでご説明しませんでしたが、実は寿老人と福禄寿は同一視される神様とされます。

同じ中国の道教を由来とする神様とされるだけでなく、どちらも南極老人星(南極星)という星の化身で南極老人だとも言われます。

南極老人星とは、中国の占星術において、南の空に輝くときには天下泰平になると呼ばれる縁起の良い星です。

寿老人と福禄寿はいずれも長寿の神様と言われますが、福禄寿は特に泰山府君という陰陽道であがめられる中国由来の神様にもつながる神様と言われたり、それぞれの伝説に若干の違いも見られます。

七福神の寿老人のご利益

七福神の寿老人のご利益は次のものが有名です。

  • 延命長寿

福禄寿とご利益も被る部分があるのですが、寿老人は特に長寿のご利益で知られます。

さて、七福神で最も見分けるのが難しい福禄寿と寿老人の見分け方をご紹介します。

七福神で桃を持つのは寿老人

寿老人と福禄寿の違いは、持つものに注目します。

寿老人も福禄寿も両方杖をついており、その杖の姿では見分けることができませんが、もう片手に持つもので見分けることができます。

それが、寿老人の持つ桃です。

桃は中国では長寿を意味する果物とされます。

福禄寿は桃ではなく、宝珠という願いを叶える珠を持つことがあるので若干丸い似たものを持ってはいますが、桃を持っていれば寿老人と考えてよいでしょう。

また、あまり七福神の絵や像に描かれませんが、寿老人は鹿を連れ、福禄寿は鶴や亀を連れている姿で描かれますので、そこでも見分けることができます。

七福神の女性メンバーだった吉祥天

七福神は上記で見た「大黒天/恵比寿/弁財天/毘沙門天/布袋尊/福禄寿/寿老人」の七柱がメンバーとして知られますが、昔は別の神様が描かれていました。

その神様は吉祥天と呼ばれる美しい女性の神様です。

弁財天の前にいた女神様と言われたり、福禄寿/寿老人が被っているのでそのいずれかの変わりだったと言われます。

吉祥天は現在では弁財天ほど信仰が見られませんが、奈良時代~平安時代にかけては広く信仰された神様と言われます。

「吉祥(幸福)」をもたらす神様としての様々な逸話も残されています。

ちなみに毘沙門天の妻とされ、毘沙門天像と吉祥天像が一緒に祀られる寺院もあります。

吉祥天について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

吉祥天のご利益/ご真言や祀られる神社/寺を紹介|有名な吉祥天女像も解説

ちなみに吉祥天の妹の神様はなぜか黒闇天という疫病神として描かれ、冥府の神である閻魔天の妻とされます。

また、吉祥天以外にも猩猩という猿の姿に犬の顔という伝説の生き物が七福神として祀られた例もあるようです。

七福神の御真言

七福神はそれぞれにご真言があります。

七福神巡りなど、七福神にお参りをする際はぜひ唱えてみてください。

大黒天の御真言

おん まかきゃらや そわか

恵比寿の御真言

おん いんだらや そわか

弁財天の御真言

おん そらそばていえい そわか

毘沙門天の御真言

おん べいしら まんだや そわか

布袋尊の御真言

おん まいたれいや そわか

福禄寿の御真言

おん まかしり そわか

寿老人の御真言

おん ばざら ゆせい そわか

七福神の由来と信仰の歴史

七福神は先ほど見た7柱の神様で構成されていますが、その由来や信仰の歴史についてご紹介します。

七福神のメンバーは多国籍・他宗教

先ほどご紹介もしましたが、今一度七福神の神様の基本的な情報をまとめると次のようになります。

七福神 宗教 国籍
大黒天 ヒンズー教→仏教 インド→中国
恵比寿 神道 日本
弁財天 ヒンズー教→仏教 インド→中国
毘沙門天 ヒンズー教→仏教 インド→中国
布袋尊 仏教 中国
福禄寿 道教 中国
寿老人 道教 中国

インドのヒンズー教が起源の七福神は仏教由来

元々はインドのヒンズー教(バラモン教)の神様が、日本に伝来して七福神になった部分を少し詳しくご紹介しましょう。

仏教の教えを説いたお釈迦様(仏陀)は元々インドで信仰されていたバラモン教や民間信仰の神様を、仏を守る存在であると説きます。

インドでこの世界を作った最高神の一柱の創造神「ブラフマー」でさえ、仏様や仏法を守護する梵天という神様も仏様の守護神となります。

こうしてお釈迦様が説いた教えは弟子たちによって経典という書物にまとめられ、中国の僧がそれを漢訳して、それを日本にもたらしたのです。

七福神の信仰の歴史

七福神の信仰の歴史には諸説があります。

まず七福神の中でも、大黒天と恵比寿様、弁財天、毘沙門天は七福神が生まれる前よりもはるかに前から信仰されてきました。

有名なものでは、大黒天と弁財天と毘沙門天の顔が一つの像に集まった、三面大黒天という像があります。

この像は日本の歴史で最も出世したとされる豊臣秀吉が出世祈願をし、太閤殿下になったということからも出世大黒天と世の信仰を集める有名な像です。

この三面大黒天像は平安時代、天台宗開祖の最澄手ずから彫り安置したもので、平安時代には七福神の祖ともいえる信仰が見られます。

七福神の信仰は室町時代に生まれたとされますが、大きく世に広がったのは江戸時代の天台宗の僧侶の天海大僧正によるとされます。

天海は徳川家康に様々なアドバイスをした人として、歴史小説などでも描かれますが、天海大僧正が家康に対して、「(家康)公は天下泰平の基を築く福徳を備えている」と言い、七福神のそれぞれの意味であった7つの福徳を書いて見せたと言います。

七福神の「七」の意味

七福神はなぜ七という数字なのかというと、これは「仁王般若経(にんのうはんにゃきょう)」というお経に由来すると言われます。

このお経の中にある「七難即滅、七福即生」(七難が滅すれば、七福が生じる)という文句に由来し七福となったそうです。

江戸時代に広まり始めた七福神信仰は、商売人や様々な人に効果があるとされ人気となり様々なところで七福神をお参りする習慣が生まれます。

それが、七福神巡りとして、今でも人気の行事となっています。

七福神巡りとは

最近御朱印集めのぶーむもあってか、話題に上る七福神巡り。

本来はお正月の松の内の期間に七福神の初詣を行う行事で、日本各地で行われるようになりました。

特に東京七福神巡りは都内だけでも20を超える場所で行われるなどかなり人気の行事となっています。

初詣の期間に七福神巡りをするのが最もご利益に預かれ、効果があると言われますが、年中行える鎌倉七福神巡り浅草七福神巡りなどもあります。

七福神巡りについて簡単にその流れをご紹介し、どこでできるのかをご紹介いたします。

七福神巡りは「七福神の御朱印を集めながらお参りする」

七福神巡りのは近年人気を博す御朱印集めをしながら、スタンプラリー形式で七福神をお参りするというものです。

ただただ御朱印集めだけが目的になっては良くないと思いますが、七福神巡りではそのコース限定の御朱印色紙があったり、浅草七福神巡りでは福笹という笹に福絵馬という七福神の絵が描かれた絵馬を集めていくという授与品があるなど、とても個性的なものがあります。

それらの授与品は、七福神巡り後、家に福を呼ぶ縁起物として飾ります。

ぜひ七福神巡りをする際は、そういった授与品も楽しみにしながら、七福神巡りをしてみてください。

七福神巡りは場所によって所要時間が大きく違い、日本橋七福神巡りは1,2時間もあれば混雑の状況にもよりますがすべて回り切れますし、七福神巡り発祥とされる京都の都七福神まいりは1日でぎりぎり回れるかどうかという少し時間のかかるものもあります。

七福神巡りは観光ツアーにも

七福神巡りの人気もあって、中にははとばす等の旅行会社にて七福神巡りのバスツアーなどを行っているところもあります。

また、お正月の時期には専用のバスが巡回しているなど最近ではとても回りやすくなっている七福神巡りもあります。

京都の都七福神まいりや、鎌倉七福神巡りなどの観光地では、七福神のご利益に預かりながら、観光を楽しめるという一石二鳥です。

ここからは、そんな七福神巡りの一部をご紹介いたします。

鎌倉江ノ島七福神巡り(神奈川県)

鎌倉七福神巡りは、正式には「鎌倉江ノ島七福神巡り」と呼ばれ、鎌倉市内の観光地でもある寺社と、江ノ島にある江島神社をお参りします。

年中行っているので、とても巡りやすく有名な観光地でもある、

  • 鶴岡八幡宮
  • 長谷寺
  • 江ノ島

を通り、途中江ノ島電鉄からはきれいな湘南の海が見れるなど観光ポイントも高い七福神巡りと言えます。

4.5時間で巡れる距離ですので、一日あれば七福神巡りに加え鎌倉観光なんかもできるのでおすすめです。

鎌倉七福神巡りについてはこちらで詳しく解説しています。

鎌倉七福神巡り|御朱印色紙,所要時間,ルートの地図や見所などの情報

都七福神まいり(京都)

七福神巡りの発祥とされる、京都の都七福神まいりは少し遠い距離がある七福神巡りです。

京都のど真ん中の御所のあたりや、南側にある宇治市まで行くのですが、やはりどこに言っても風情ある街並みはありますので観光を楽しみながら七福神巡りができるのでこちらもとてもおすすめです。

毘沙門天を祀るのは、世界遺産の東寺で見事な五重塔に、毘沙門天が四天王多聞天として須弥壇を守護する行動の立体曼荼羅は圧巻ですので、そういったところも楽しんでみてはいかがでしょうか。

都七福神まいりの公式ページ

浅草七福神巡り(東京都)

浅草七福神巡りは、鎌倉七福神巡り同様通年行っている七福神巡りで、観光地である浅草寺や浅草の町を歩きながら楽しめる七福神巡りです。

授与品が特徴的で、前述しましたが、御朱印色紙や福笹と福絵馬の他にも、福絵という七福神が描かれた特別な色紙の上に御朱印スタンプを押すというものもあり、楽しみながら七福神巡りができます。

浅草七福神巡りについてはこちらで詳しく解説しています。

浅草七福神巡り|御朱印色紙やルートの地図・神社寺院の見所をご紹介

谷中七福神巡り(東京都)

谷中七福神巡りは東京の七福神巡りの中では最も古い歴史を持つ七福神巡りです。

前出の天海大僧正の開山した上野寛永寺の境内にある不忍池辯天堂をめぐったり、徳川家康寄進とされる寿老人像が祀られる長安寺などこちらも観光にも楽しいルートと言えます。

その他にも、都心で行われる日本橋七福神巡りでは七福神の乗る宝船に七福神の御神像を集めるなど、特徴的な七福神巡りがあったりと、東京には多くの七福神めぐりがあります。

それらについてはこちらでまとめていますので、ぜひご覧ください。

東京七福神めぐり|おすすめコースや一か所で巡る人気の寺院をご紹介

七福神を祀る有名な神社・寺院

七福神をお参りする際は、七福神巡りのように7つの寺社をめぐる以外にも、一つの境内の中に七福神が祀られているというパターンもあります。

たくさんの寺社で祀られていますが、一部ご紹介いたします。

豊川稲荷東京別院(東京都)

東京都の赤坂にある、豊川稲荷東京別院は境内の中で七福神巡りができます。

ど真ん中と言っても過言ではないので、とても行きやすいです。

本殿には、お稲荷様として知られるダキニ天(荼枳尼天)という大黒天や弁財天のようなインドが起源の仏教の神様が祀られます。

その境内の中に七福神さんが点在していてお参りするという形式になっています。

豊川稲荷東京別院の公式ページ

天龍寺(京都府)

京都の嵯峨野にある風光明媚なお庭で知られる天龍寺でも、七福神巡りができます。

節分の日に行われる節分会にて、天龍寺七福神巡りという行事を毎年行っていて、天龍寺を観光しながら、七福神巡りをしてご利益に預かれるというイベントです。

京都の定番観光スポットの嵐山の渡月橋からほど近い天龍寺もおすすめです。

天龍寺公式ページ

七福神の像などの置物の祀り方

七福神の像(特に大黒天像と恵比寿天像)や、七福神巡りでいただく御朱印色紙、七福神の乗った宝船などの置物の祀り方・飾り方を簡単にご紹介します。

七福神の像は神棚に祀るの良い

七福神像の中でも、特に飾る家庭が多いと思われる大黒天像と恵比寿像について解説をします。

いずれも、神棚に飾るのが最も良いとされます。

神棚は以下の条件で設置されることが多いです。

  • 人の目線よりも高いところ
  • 日の光が当たる清浄な空間
  • 神棚の下は人が通ったりしない
  • 方角は南向きもしくは東向き(七福神像も南か東の方角を向く)

神棚がない場合には、上記の条件に近いところにおいて飾るのが良いとされます。

また像ではなく、お札を授与していただいた際も同じように、神棚もしくは神棚に類する、家の中で上記のような清浄な場所にお祀りしましょう。

伊勢神宮のサイトにて神棚の設置についてや、お供えのことをまとめてくださっていますので、参考にしてみてください。

神棚の設置方法

ちなみに、お祀りする方法は厳密に気になるのであれば、神社寺院にて確認されることをおすすめします。

七福神の宝船など縁起物の飾り方

七福神の宝船や、七福神の福笹、熊手と言った授与品を縁起物として飾り付ける時の注意点についてご紹介します。

まず、いずれも授与していただいた神社、寺院でどこに飾ればよいのかということを確認するのを前提に、一般的な飾り方をご紹介します。

七福神の宝船

七福神の乗られる宝船は、床の間や玄関に飾るのが一般的です。

七福神の福笹や熊手

神社などで授与いただく福笹・熊手は神棚もしくは、上記の神棚にふさわしいとされる場所に飾るのが良いとされます。

七福神の並び方や順番

七福神の宝船を七福神巡りの授与品としていただき、自分で並べたりする時など、七福神の並び方、どの神様を最初に持って行くのかという順番についてですが、特に決まりはありません。

七福神の並び方や順番について、意見を持つ方がいればその方に合わせていただいても構わないでしょう。

基本はご自身の好きなように並べていただいて構いません。

七福神イラスト画像の参考サイト

七福神のイラスト画像は今回無料で利用できる、イラストACを利用しています。

年賀状にも使える干支の動物になった七福神のイラストなども無料でダウンロードできます。

ちなみに、イラストACや他様々なイラスト、七福神を描いた図柄でも特に七福神の順番は一定したものがありませんので、それらの中で気になるものなどを取り入れてみてはいかがでしょうか。