アマテラスオオミカミ(天照大御神)とは|伊勢神宮の神社史や神話の姿

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アマテラスオオミカミ(天照大御神)とは

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は国家神道の最上の神であられ、日本の太陽神として祀られています。

あまり神社に詳しくない人でも、アマテラスオオミカミ(天照大御神)という神様の名前は聞いたことがあると思います。

今回は、アマテラスオオミカミ(天照大御神)という神様はどのような神様なのか、どのようにして誕生され今に至るのかという神話や歴史について解説します。

また、祀られる神社や家でお祀りする際の基本的なポイントも後半で解説していますので、ぜひご覧ください。

皇祖神であり日本の総氏神

まず、アマテラスオオミカミ(天照大御神)という神様は先ほど、

  • 国家神道の最上の神
  • 太陽神

とご紹介しましたが、少し違う側面からアマテラスオオミカミ(天照大御神)を見ると、

  • 皇祖神
  • 日本人の総氏神(総祖神/総親神)

と言う神様です。

皇祖神とは、天皇家の祖となる神様と言うことで、天皇陛下はアマテラスオオミカミ(天照大御神)の直系の子孫と考えます。

総氏神/総祖神とは、日本の各地域に鎮座する神道の神様である氏神様の元締めという存在です。

日本神話に登場する時は、天津神という天界の高天原(たかまがはら)に住む神様をを統べる神様で、今の日本である地上階の葦原中津国がアマテラスオオミカミ(天照大御神)の孫のニニギノミコトによって治めれるようになり地上界でも最上の神という存在になります。※このあたりは後程詳しく解説します。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)のご利益・御神徳

最高神としてあがめられますので、あらゆる福徳、招福のご利益があるとされます。
皇居で天皇陛下が様々な祭において、

  • 国土安泰

を願うことはもちろん、古くから民衆の信仰が厚く

  • 五穀豊穣
  • 招福
  • 開運

様々なご利益があると考えられます。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)のご神格

  • 太陽神
  • 皇祖神
  • 総氏神/総祖神
    伊勢神宮では大御祖神と表記される

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の別表記

アマテラスオオミカミは天照大御神と今回漢字表記していますが、神社や歴史書などでは、様々な表記がされています。

今回は古事記の表記であり、神社本庁・伊勢神宮・宮内庁でも一般的に使う「天照大御神」という表記でご紹介をつづけますが、他の様々な表記についてもご紹介します。

天照大神

このように表記をするところも多いです。
天照大神の読み方は

  • アマテラスオオカミ
  • アマテラスオオミカミ

で、日本書紀での表記見られます。

また、日本書紀の中では、天照大神以外にも、誕生された際の大日孁貴神(オオヒルメノムチノカミ)と表記されたり、天照大日孁命(アマテラスオオヒルメノムチノミコト)とも表記されます。

神社によっては、大日女尊(オオヒルメノミコト)、大日霊(オオヒルメ)、大日女(オオヒメ)とも表記されるようです。

天照皇大神

天照皇大神と書いて、読み方は「アマテラススメオオカミ」と言います。

同様に、皇大御神(スメオオミカミ)、天照坐皇大御神(アマテラシマススメオオミカミ)と言った表記もあり、これらは古い文献や、伊勢神宮での正式な表記、神職の方が神前で読み上げる名前です。

他にも、お伊勢様や神明様、天祖と言った民衆の人が別名として使っていた名前もあります。

さて、ここからはさらに詳しくアマテラスオオミカミ(天照大御神)はどのような神様なのかを見ていきましょう。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の系図

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は皇祖神として祀られると解説をしましたが、第125代今上天皇(平成30年10月現在)はアマテラスオオミカミ(天照大御神)から神話の通りで考えると、第130代目の子孫に当たります。

天皇家との系図に加え、神話の中の兄弟神であるスサノオノミコト(須佐之男命)ツクヨミノミコト(月読命)、また親神のイザナギノミコト(イザナミノミコト)とのつながりも解説いたします。

天皇家の万世一系は天照大御神直系の子孫

天皇家という、世界で最も長く続く王国としてギネスにも認定される天皇家は、神武天皇(カムヤマトイワレビコ)から始まり、その皇統は世界で唯一男系の直径子孫で続いている王朝です。

この万世一系という世界でも稀なこの伝統は、神武天皇が橿原神宮で即位をする時から数えますが、神武天皇は天照大御神の孫の孫の子に当たります。

アマテラスオオミカミは子供はいるが産んではない

ちなみに、天皇家の祖神のアマテラスオオミカミ(天照大御神)は子供はいますが、出産はしていません。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の子供として描かれる神様は、スサノオノミコトとの誓約(うけい)という場面で八尺瓊勾玉から生まれます。※後述

アマテラスオオミカミの家系図

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の家系図について、簡単にまとめました。

古事記の伝承によると、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を含む、ツクヨミノミコト、スサノオノミコトの三貴神はイザナギノミコトの禊によって生まれるので、次のような系図になります。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)家系図①

簡単な家系図は上記のようになります。

日本書紀では、鏡から生まれたという記述もありますが、イザナギノミコトとイザナミノミコトの間に生まれます。
さらに、三貴神の間に蛭子神という不具の子も生まれます。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の神話の物語

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の神話の中の姿をご紹介していきましょう。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の誕生

ここは先ほどの家系図のところで簡単にご紹介しましたが、古事記と日本書紀で表記が異なります。

古事記ではイザナギノミコトの左目から誕生

古事記では、イザナギノミコトが亡くなったイザナミノミコトを連れ戻そうと黄泉の国(死者の国)に向かいますが、失敗し地上の世界へ帰ってきます。

死者の国に言ったことで穢れた体を祓い清めるため、禊祓という水で穢れを流すという儀式を行います。

この儀式を行っている際に、住吉三神と言った様々な神様が生まれる中で、左目を水で洗ぐと、とても力の溢れた高貴な神様としてアマテラスオオミカミ(天照大御神)が誕生します。

ちなみに、右目を洗ぐとツクヨミノミコトが、鼻を洗ぐとスサノオノミコトが生まれます。

このあたりについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
イザナギノミコト(伊弉諾尊/伊邪那岐命)|イザナミノミコトとの神話や神社について

日本書紀ではイザナギとイザナミの間に誕生

日本書紀では、イザナミノミコトが無くなる前に、イザナギノミコトとの間に産みます。

海や川、山、木と言った神様を生んだ後、天下を任せる神様を生まないとイザナギノミコトとイザナミノミコトが話すと、大日孁貴という光り輝く太陽の神が生まれます。

ただ、日本書紀では、複数の物語が語られるのですが、その一つにアマテラスオオミカミ(天照大御神)はイザナギノミコトが左手に白銅鏡を持って見ると生まれ、その鏡を右手に持つとツクヨミノミコトが生まれ、首を回している時にスサノオノミコトが生まれたという話もあります。

天照大御神の性別は女性

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は世界の神話では珍しい、女性神の太陽神です。

世界の神話の有名どころ(エジプト神話やギリシャ神話)では男性神として描かれます。

ちなみに日本神話を記す書物は複数あるのですが、その中で偽書とされるホツマツタヱという書物では、太陽神は男性神とされています。

天照大御神の誕生の伝説の残る場所

日本で天照大御神が誕生したとされる伝説の場所は複数ありますが、最も有名なのは、神話の舞台となる伝承の地が多い、宮崎県の江田神社の「みそぎ池」です。

このみそぎ池で、黄泉の国から帰ってきたイザナギノミコトが禊祓を行い、アマテラスオオミカミ(天照大御神)等三貴神が生まれたとされます。

江田神社のHP

スサノオノミコトとの誓約(うけい)

誕生は複数の説がありますが、いずれにしてもイザナギノミコトよりアマテラスオオミカミ(天照大御神)は高天原を統べるように言われます。

高天原について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
高天原(たかまがはら)とは|どの場所にあったのか?奈良・九州・韓国等様々な説を紹介

そして、高天原で統治をしている一方で、古事記の表記では地上の世界の海を任されたスサノオノミコトが亡くなった母イザナミノミコトに会いたいと泣き喚き続けました。

スサノオノミコトの鳴き声は大地に響き渡り、草花を枯らせ海は荒れ、イザナギノミコトはそれに怒って、スサノオノミコトを地上世界から追放すると言います。

天照大御神の弟の須佐之男命が高天原に

スサノオノミコトは追放されてしまい地上世界から追放されるので、追放の前に姉のアマテラスオオミカミ(天照大御神)に挨拶をしようと考え、高天原に向かいます。

すると、スサノオノミコトの大きな体は動くたびに地面が揺れるほどで、草木は騒然とします。
アマテラスオオミカミ(天照大御神)はこの様子を見て、スサノオノミコトが高天原を奪いに来たのだと感じ、男装し、弓を500本も持ち、臨戦態勢で天の安河という川で弟を迎えます。

そして、スサノオノミコトに「なぜ高天原に上って来たのだ」と質問をします。

スサノオノミコトはアマテラスオオミカミ(天照大御神)の姿を見て、「僕は無実だ!泣きわめいたことによって追放されてしまったので、この世界に来ただけだ」

と言いますが、アマテラスオオミカミ(天照大御神)はその巨漢と、猛々しい見た目から信じることができず、身の潔白を示すため誓約(うけい)という占いを行います。

誓約(うけい)で宗像三女神・アメノオシホミミ等の神が生まれる

この誓約ではスサノオノミコトの持っていた十拳剣(とつかのつるぎ)を川の水につけて折ります。

すると、そこからは宗像三女神として知られる、田心姫神(タゴリヒメ)湍津姫神(タギツヒメ)市杵島姫神(イチキシマヒメ)が生まれます。

一方、アマテラスオオミカミ(天照大御神)が身にまとっていた八尺瓊勾玉を割ってみると、天之忍穗耳命(アメノオシホミミノミコト)と言った男性神が生まれます。

この占いの結果、武を意味する剣からは手弱女である女神が生まれ、自分に闘争の意思はないのが明らかだとスサノオノミコトは言います。
これで一応誓約はスサノオノミコトの勝ちとなり、スサノオノミコトは高天原に住むことになります。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の神話|天の岩戸

アマテラスオオミカミ(天照大御神)が住むことを赦したスサノオノミコトは様々な狼藉を働きます。

大事な田んぼの畔を壊し、神殿で大便をまき散らし、最終的には生皮を剥いだ神馬を神殿の屋根から投げ入れ、機織りをしていた巫女が機織りの道具が女性器に刺さり死んでしまいます。

この責任を感じてアマテラスオオミカミ(天照大御神)は天の岩戸という洞窟にひきこもってしまいます。

天照大御神が天の岩戸にひきこもり世界が暗闇に

太陽神であるアマテラスオオミカミ(天照大御神)の引きこもりによって、世界から太陽が消え、真っ暗闇になります。

そうなると、魑魅魍魎が湧きだし、世界はどんどんと悪い方向に向かっていきます。

そこで、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を天の岩戸から引き出すために、高天原にいる八百万の神々が天の安河の河原に集まってどうやって出てきてもらおうかと会議を始めます。

八百万の神々の活躍と三種の神器の誕生

天の岩戸から出すための作戦を、知恵の神様であるオモイカネ(思兼神)という神様が思いつきます。

オモイカネの作戦によって、八咫鏡が伊斯許理度売命(イシコリドメ)によって作成され、八尺瓊勾玉を玉祖命(タマオヤノミコト)が作成し、フトダマが占いをして必要な道具を作成します。

準備が整うと、アメノコヤネは祝詞を奏上し、アメノウズメノミコトが神がかりをして裸踊りし、集まった八百万の神々が歓声を上げます。

その声を何だろうと思うアマテラスオオミカミ(天照大御神)に対して、アメノウズメノミコトがこう答えます。

「(アマテラスオオミカミ)あなた様よりも高貴な神様が来てみんなが喜んでいます」と

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は自分よりも高貴な神様とはどんな神様なのか、アメノコヤネの心地よい祝詞も聞こえ、完成の上がる方を見ようと結界を張った洞窟の扉を少し開けます。

すると、その扉の前に準備してあった八咫鏡に映る自分の姿を他の神様かと思い、よく見ようとさらに洞窟の戸となる岩から身を乗り出すと、岩戸の陰に隠れていた力持ちで有名なアメノタヂカラオという神様がアマテラスオオミカミ(天照大御神)を引っ張り出します。

こうして、太陽が戻ってきて、世界は平和になったのでした。

この天の岩戸伝説で活躍した神様について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
オモイカネ(八意思兼神)は知恵の神様として神話で活躍!神社へのお参りも人気
アメノウズメノミコト(天鈿女命)|踊りで世界を救う神話・神社を解説

天照大御神が隠れた天の岩戸の伝説の残る場所

アマテラスオオミカミ(天照大御神)がひきこもったとされる洞窟は、現在の宮崎県に今も残っています。

その場所は天岩戸神社という神社の境内にあります。

さらにこの天岩戸神社内には、八百万の神々が集まって作戦会議をし、アメノウズメノミコトが裸踊りをした天の安河原もあります。

天岩戸神社HP

天の岩戸の「岩」が投げ飛ばされた場所

天の岩戸で活躍したアメノタヂカラオは、その怪力で、洞窟を閉じていた天岩戸を投げ飛ばして、長野県にある戸隠神社の山を作ったという逸話が残されています。

この地は、地主神としての龍神が祀られていましたが、後に天の岩戸で活躍したアメノタヂカラオ、オモイカネ、アメノウズメノが祀られる社が建てられました。

戸隠神社HP

アマテラスオオミカミ(天照大御神)の神話|国譲り

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は天の岩戸の事件の後、地上界の葦原中津国は荒ぶる国津神の巣窟となり、野蛮な国であると知り、天津神による、平和な国の経営をしないといけないと考えます。

天照大御神が出雲の大国主に国譲りを迫る

葦原中津国はその当時、出雲で大国主命(オオクニヌシノミコト)が王となり、国造りを終え一つの国になっていました。

しかし、まだまだ反乱分子も存在している状態でもあり、天上界の高天原から見ると、さらに慈愛を持った平和な国造りをする必要があると見えたようです。

そこで大国主命に対して3度も使者を送ります。

最初の使者のアメノホヒは大国主命と仲良くなりそのまま葦原中津国に住み着いてしまいます。

2柱目の使者はアメノワカヒコという神様で、この神は大国主命の娘と結婚し、これまた葦原中津国に住み着き、ゆくゆくはこの国を自分の力でよくしていこうと考えます。

しかし、この高天原側からすると裏切りともいえるこの行為は占いによって暴かれ、アメノワカヒコの死という悲劇を生んでしまいます。

そして、最後に天津神最強と言われる建御雷神(タケミカヅチ)が使者として、大国主命へ国を譲る気があるのかを確認します。

結局この建御雷神の時に、大国主命の息子の事代主神(コトシロヌシ)建御名方神(タケミナカタ)と共に国譲りをすることを了承し、アマテラスオオミカミ(天照大御神)が地上世界も治めることになります。

国譲りの話について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
大国主命(オオクニヌシノミコト)とは?ご利益や神社の情報や国譲り等神話の物語も解説
事代主神(コトシロヌシ)とは?恵比寿様との関係やご利益・祀られる神社をご紹介!
タケミナカタ(建御名方神)|国津神最強の神・諏訪大明神・龍神でもある神を紹介

天孫降臨|天照大御神の孫のニニギノミコトが地上へ

こうして、大国主命から葦原中津国を譲り受けたアマテラスオオミカミ(天照大御神)は自分の子供を送り、平和で慈愛にあふれた国造りを始めようとします。

天照大御神の長男は地上へ降りることを拒否

地上階を治めるにふさわしい人を選ぼうとしたとき、まずスサノオノミコトとの誓約で生まれた長男のアメノオシホミミに白羽の矢が立つのですが、拒否されます。

結局アメノオシホミミの子、つまりアマテラスオオミカミ(天照大御神)の孫に当たるニニギノミコトが葦原中津国に降臨することになります。

天の神のアマテラスオオミカミの孫が降臨されたので、天孫降臨と呼ばれるようになります。

天孫降臨に際して天照大御神がニニギノミコトへ神勅

天孫降臨の際にアマテラスオオミカミ(天照大御神)からニニギノミコトへ様々な伝言がなされます。

神からの言葉ですので、神勅と呼ばれるのですが、その一つが現在天皇家に伝わる三種の神器にまつわる神勅です。
八咫鏡八尺瓊勾玉草薙の剣をニニギノミコトへ授与し、その中でも特に重要な八咫鏡について、次のような神勅を伝えます。

宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅

(アマテラスオオミカミがお渡しになった八咫鏡である)宝鏡を見るときは、私(アマテラスオオミカミ)を見るのと同じように見なさい。
そしてこの鏡は同じ屋根の下、同じ床に必ず置いてしっかりと祀りなさい

この言葉を守り、天皇の住まわれる皇居の中には、三種の神器が安置されています。

この宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅以外にも、

  • 天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅
  • 斎庭稲穂/由庭稲穂(ゆにわいなほ)の神勅

というアマテラスオオミカミ(天照大御神)は国を治める心得などを伝えました。
これらを三大神勅と言い、天皇はこの神勅を2千年弱の長い間守り続けているのです。

三種の神器について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

三種の神器とは|勾玉/鏡/剣に秘められた意味や現在本物のある場所等解説

八咫鏡(ヤタノカガミ)とは|伊勢神宮の実物にヘブライ語?神話やレプリカの歴史を解説
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とは|三種の神器唯一実物が皇居内にある神壐
草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とは|本物が熱田神宮にある理由や歴史を解説

高千穂峰は天孫降臨の伝説の地

ニニギノミコト一行が降り立った伝説の地は高千穂峰と呼ばれ、坂本龍馬が新婚旅行で訪れたことでも有名ですね。

山頂には天の逆鉾と呼ばれる、伝説の鉾が刺さっている高千穂峰の麓には、天孫降臨の舞台となった場所、霧島神宮古宮址があります。
今は登山の名所として有名です。

霧島神宮古宮址のページ(環境省)

霧島神宮HP

アマテラスオオミカミ(天照大御神)にまつわるその他の神話

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は神話の中で他にも様々な表記があります。

その中で有名なものを簡単にご紹介します。

天照大御神の弟のツクヨミノミコトと喧嘩別れ

日本書紀では、アマテラスオオミカミ(天照大御神)は弟のツクヨミノミコトと喧嘩をして、別れて暮らすことになったことから、昼と夜が生まれたという記述があります。

これは、アマテラスオオミカミ(天照大御神)があるとき、ツクヨミノミコトに豊穣の神の保食神(ウケモチ)のところにお使いに行ってもらった時のこと。

ウケモチはツクヨミノミコトを歓迎し、様々なご飯を提供します。

おいしいこのご飯はどうやってできていたのかと言うと、ウケモチの吐しゃ物や排泄物からできていました。
このことを知ったツクヨミノミコトは汚らわしいとして、ウケモチを殺してしまいます。

この蛮行を知ったアマテラスオオミカミ(天照大御神)はツクヨミノミコトを追放するという物語です。
この追放により、世界には昼と夜という区切りが生まれるとされます。

しかし、この殺されてしまうウケモチの死体は様々なところが米や大豆や蚕やら、五穀や衣食に重要なものとなり、これが日本の国土を豊かにします。

ちなみにこの説話は古事記ではスサノオノミコトが行います。

ツクヨミノミコトについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
ツクヨミノミコト(月読命)|謎多き月の神様の様々な説や祀られる神社を解説

伊勢神宮へ八咫鏡の遷座

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は伊勢神宮に祀られていることはご存知だと思いますが、伊勢神宮に祀られるようになった経緯も神話の中で説明されています。

そもそも、宮中で祀られていたアマテラスオオミカミ(天照大御神)ですが、そのご神体となる八咫鏡を崇神天皇の御代に、宮中には形代というレプリカを作成し、本物の方は別の良い場所でお祀りをすることになります。

崇神天皇の御代には見つからず、垂仁天皇の御代に至る80年ほどの時をかけて、崇神天皇の娘の八咫鏡は伊勢の地にご鎮座し、伊勢神宮が創建されるのです。

伊勢までの道中に一時的に八咫鏡を祀った場所は元伊勢と呼ばれ今でも、その地に神社が祀られています。
伊勢の地までは、崇神天皇の皇女の豊鍬入姫命と垂仁天皇の皇女の倭姫という2人の皇女が25の地域を歩きまわるのです。

伊勢 元伊勢 画像

出典:元伊勢 ͡籠神社

八咫鏡を一時的に祀った代表的な神社:檜原神社

アマテラスオオミカミ(天照大御神)を祀る神社

アマテラスオオミカミ(天照大御神)を祀る神社は全国の神明社、天祖神社、と言った神社がありますが、特に有名な神社をご紹介します。

伊勢神宮(皇大神宮 内宮)

神社本庁が伊勢神宮を至高至貴神社として、全国の神社の本宗とする神社です。

難しく描きましたが、簡単に言うと、日本の神社の総元締めと言うことです。

伊勢神宮と言う名前は実は一般的な名前であって、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を祀る神社を意味する言葉としては、神宮、皇大神宮と呼ぶのが正式です。
伊勢神宮と言うと、豊受大御神を祀る豊受大神宮も含みます。

特にアマテラスオオミカミ(天照大御神)をご神体とする八咫鏡を祀る場所は内宮と呼ばれます。

伊勢神宮の公式サイトはこちら

東京で有名な天照大御神を祀る神社|東京大神宮

初詣や、それ以外の時も縁結びのパワースポットとして東京随一の人気を誇る神社の東京大神宮はアマテラスオオミカミ(天照大御神)をご祭神に祀る神社です。

東京大神宮では、アマテラスオオミカミ(天照大御神)よりもはるか昔に、初めて生まれた神様で、宇宙そのものと考えられるアメノミナカヌシを含む造化三神を祀る神社です。

この造化三神はあらゆる物の起源となった神とも考えられ、あらゆる物や人の縁を結ぶとも考えられています。

東京大神宮の公式サイトはこちら

京都で有名な天照大御神を祀る神社|日向大神宮

京都のアマテラスオオミカミ(天照大御神)を祀る神社で有名な神社は日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)です。

ここは、アマテラスオオミカミ(天照大御神)の神話の天の岩戸を体験することができる神社で、その体験によって、厄除けや家運のご利益があるとされる神社です。

京の伊勢 日向大神宮の公式サイトはこちら

草薙の剣を祀る熱田神宮も天照大御神の御霊を祀る神社

草薙の剣の本物が鎮座する熱田神宮のご祭神、熱田大神はアマテラスオオミカミ(天照大御神)の御魂を祀る神社です。

このように全国には、伊勢とつく神社や、神明、天祖とつく神社以外にも、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を祀る神社があります。

また、アマテラスオオミカミ(天照大御神)に限らず、神様は同じ神様でも優しい穏やかで平和な神という一面(和魂-にぎみたま)と、荒ぶる祟り神(荒魂-あらみたま)という一面を持つとされています。

日本神話でも、ある時は祟り神になり、他の場面ではそうではないという描かれ方をされる神様がいます。
アマテラスオオミカミ(天照大御神)も皇大神宮の中では、和魂のアマテラスオオミカミ(天照大御神)を内宮の正宮で祀りますが、荒魂を祀る荒祭宮(あらまつりのみや)という宮もあります。
(伊勢神宮 内宮 別宮 荒祭宮)

日本の中には、このアマテラスオオミカミ(天照大御神)の荒魂をご祭神に祀る神社もあります。

兵庫県の西宮にある廣田神社はそんな神社の一つです。
廣田神社の公式サイトはこちら

アマテラスオオミカミ(天照大御神)を家でお祀りする

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は全国で900万枚ものお札が授与されているとされ、多くの人が家で祀っています。

そんなアマテラスオオミカミ(天照大御神)を家で祀る方法についてご紹介します。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)のお札|神宮大麻

アマテラスオオミカミ(天照大御神)のご利益にあずかるために、祀るお札を神宮大麻、もしくは大麻(たいま/おおぬさ)と言います。

伊勢神宮が全国の神社で授与されるものですので、伊勢神宮で授与される必要はありません。

伊勢神宮の神宮大麻の初穂料(値段のこと)

伊勢神宮で授与される、もしくは氏神様で授与される神宮大麻は神棚のサイズに合わせて大きさを選び授与していただきましょう。

サイズによって初穂料は変わりますが、大体の場合800円です。

お札は購入とは言わず授与と言う

ちなみに、ネット上では、「お札を購入」であったり、「お札の値段」と言った表現が利用されていますが、これは間違った表現です。

お札は神様が宿るものですので、先ほどの表現は「神様を購入する、神様の値段」と言った極めて失礼な表現になります。

購入の代わりに「授与」

値段の代わりに「初穂料」

と言った表現を使います。

神棚での作り方

神棚の作り方は、各都道府県の神社庁や、伊勢神宮の公式HPにも載っています。

神棚の作り方に加え、神棚が家の都合上作れない場合の祀り方、神様への毎日のお供え物についてお伊勢さんでとても分かりやすくまとめてくださっている資料がございますので、そちらをご覧ください。

参考:伊勢神宮 お神札の(神宮大麻)の祀り方

一年に一度お札は交換するのが通例

ちなみに、神宮大麻は他のお札やお守りと同様に、一年すれば新しいものと交換するのが通例です。

古くなったお札は授与していただいた神社、もしくは近くの神社の古札所にお返しをします。
できればお札は毎年1月15日までに新しいものを授与していただき、神社へ返納しましょう。

1月15日にどんど焼き・古札焼納祭と言った神社で行事がありお札は炎で清められます。

アマテラスオオミカミ(天照大御神)にまつわる様々な説

アマテラスオオミカミ(天照大御神)についてご紹介をしましたが、世の中にはたくさんのアマテラスオオミカミ(天照大御神)にまつわる情報があります。

考古学や民俗学の学説から、巷のひどい説までありますが、その中でも有名なものについて、さらにアマテラスオオミカミ(天照大御神)の理解を深める意味でご紹介をします。

天照大御神と大日如来|神仏習合

日本の神道は、古来体系だった宗教ではなかったと言われます。
現在の神道は国家神道と呼ばれる一般的な神道や、古神道という様々な宗派があります。

これらも多くの場合明治時代頃に体系化されて今に至ります。

それ以前の時代は、神仏習合と言い、神道という日本古来の宗教と、海外伝来の仏教が混ざりあった時代が長く続きます。

平安時代にはすでに真言宗や天台宗で日本の神道という宗教を仏教の観点から理解するということが盛んに行われていました。

その中で、日本の最高神とされる天照大御神を仏教の最高位とされる大日如来を同じもの(全く同じというより、その性質において同じ)と考えるようになる信仰(両部神道)が生まれます。
※仏教の宗派によって若干の違いがありますので、あくまで一説として考えてください。

特に空海がもたらした、真言宗では大日如来を最高位と考える宗派を中心に神仏習合の中で日本の最高神の天照大御神と習合していったとされます。

天照大御神は実在した人がモデル説

考古学や民俗学からアマテラスオオミカミ(天照大御神)を含む様々な神様は実際にあった自然現象、事柄、人であるのではないかと考える説があります。

神話は治世者の正当性を裏付けるためのものと考え、歴史を紐解く重要な資料として神話を読み解くととても面白いものです。

その中で、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を正当性を裏付けるため、もしくはその功績を残すため神話にしたと考えて、実在の誰がモデルになったのかという説には、次の人達がいます。

  • 卑弥呼説
  • 持統天皇説

持統天皇説は、古事記・日本書紀の編纂を命じた天武天皇の皇后であったが、天武天皇の崩御の後、天皇となり政治を行った女帝の正当性を裏付けるために、最高神アマテラスオオミカミを女性神にしたという説です。
また、天孫降臨というアマテラスオオミカミの孫のニニギノミコトが日本の統治を行うことになったのも、持統天皇から孫の文武天皇に皇統を継承したことを正当化するためという説もあります。

天照大御神の正体は卑弥呼説

こちらは、持統天皇説に比べかなり歴史のロマンにあふれる説です。

卑弥呼説を支持する人の中で有名なのは、天の岩戸は実際に起きた事件を意味するのではないかと言う説です。

天文考古学という学説は、世界の様々な神話や伝承などを理解するものですが、天の岩戸という太陽が消え世界が暗闇に包まれるという事象は本当に起きた自然現象を神話としてあらわしたのではないかと言われています。

天の岩戸は日食や大規模な噴火による火山灰の影響説

卑弥呼の治世の時代(西暦250年頃)には、247年と248年に皆既日食が日本で起きています。
天の岩戸はこの自然現象を意味するものだという学説が登場しました。

残念ながら、皆既日食が見ることができた場所は、日本でも一部の地域だけで、卑弥呼が統治した邪馬台国があるとされる奈良や九州では観測されません。

また火山の噴火によって火山灰が空を多い暗闇に包まれたという説もありますが、いずれにしてもアマテラスオオミカミ(天照大御神)を卑弥呼と同一だと断ずる決定的な説にはなっていません。
今後の研究に期待です。

天照大御神は男性神説

アマテラスオオミカミ(天照大御神)は日本の正史とされる古事記日本書紀では、女性神として描かれます。

しかし、偽書とされる書物のホツマツタヱの中には、天照と書いて「アマテル」と読み、男性神として記述するものもあります。

残念ながら、ホツマツタヱという書物は成立が不祥であるため、その信憑性は高いとは言えません。

しかし、古事記や日本書紀よりも詳しい内容で書いていることもあり、熱狂的な支持者もいます。

その人達の説では、日本の太陽神は一般に知られる女性神アマテラスオオミカミではなく、ニギハヤヒ(饒速日命)という神様だと言います。
ニギハヤヒは「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」という名前で表記される書物があり、天照大神(アマテルオオカミ)は饒速日命だと主張する一つのソースになっています。

詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
ニギハヤヒ(饒速日命)とは?その正体や瀬織津姫が妻説など解説

天照大御神の荒御魂が瀬織津姫

また、同じホツマツタヱという書物の中で、最高神の天照大神(アマテルオオカミ)の妻として記述される瀬織津姫という神様がアマテラスオオミカミ(天照大御神)と同一ではないかと言う説も存在します。

これは、この記事でもご紹介した、アマテラスオオミカミ(天照大御神)の荒魂を祀る廣田神社では、昔ご祭神に瀬織津姫が祀られていました。

しかし政府の意向によって瀬織津姫ではなくアマテラスオオミカミ(天照大御神)の名前に変えられたという歴史があり、瀬織津姫とアマテラスオオミカミ(天照大御神)の間に何かしら関係があるのではないかと言われるのです。

さらに、伊勢神宮の社史では、伊勢神宮の荒祭宮では昔瀬織津姫が祀られていたとされます。

上記は古文書の中の実際の表記からみられるものとしてとても検討の余地のある説ではありますが、ここから発展してかなりスピリチュアルな説を展開する人もいます。

瀬織津姫について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
瀬織津姫とは?封印された龍神・弁財天とも言われる伝説の神様を解説!

その他様々な説が

他にも、アマテラスオオミカミ(天照大御神)を他の国の神話に見立てる説や様々な説が存在しています。

その他にもかなりスピリチュアルなものや陰謀論のようなものもあります。