ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)とは|お稲荷様として知られる神様
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)とは、全国3万ある稲荷神社に祀られる神様です。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)と聞いて、ピンとくる方は少ないかもしれませんが、一般に知られる
「お稲荷様・稲荷神」という名前なら聞いたことあるのではないでしょうか。
商売繫盛の神様としても有名なウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)はどのような神様なのか、お稲荷様と呼ばれる所以はなんなのかを具体敵に解説していきます。
ちなみに、お稲荷様と言うと、実はウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)以外の神様を意味することもあります。
そのあたりの複雑なところも解説いたします。
日本で最も祀られる神社が多い人気の神様
ちなみに、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)はアマテラスオオミカミという日本の総氏神と呼ばれる神様よりも、祀られる神社が多いのです。
日本でも最も人気の神様とも言っても過言ではありません。
ちなみに、
「お稲荷様と言えばウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)である」というのは間違いです。
仏教でのお稲荷様も存在し、お稲荷様という神様には様々な側面がありますので、詳しくは後半で解説いたします。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)のご利益・御神徳
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)のご利益・御神徳は、多岐にわたります。
- 商売繁昌
- 産業興隆
- 芸能・諸芸上達
- 五穀豊穣
- 家内安全
- 諸願成就
- 良縁
- 交通安全
大方、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る神社では上記のご利益があると言われています。
古くからウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)をお参りする伝統はあり、
「衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ」と崇められてきました。
また、稲荷神社の総本宮である伏見稲荷は、平安時代に良縁を願う神社として人気であり、
安土桃山時代には豊臣秀吉が母親の病気平癒を願ったという逸話も残っています。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)のご神格
- (五穀)豊穣の神
- 商工業の神
- 諸産業繁盛の神
- 農耕の神
- 穀霊の神
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)の別名・読み方
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)はお稲荷様の総本宮の伏見稲荷大社のご祭神として、祀られていますが、他の稲荷神社では別の神様の名前として祀られていることも多く、別名を持つだけでなく、別の神様と同一視されています。
それらも含めてご紹介します。
- 倉稲魂命/倉稲魂大神(ウカノミタマノカミ)
食稲魂命等の表記も - 宇賀神/宇賀御魂(ウガノカミ)
- 大物忌神(オオモノイミノカミ)
- 御饌津神(ミケツノカミ)
- 御倉神(ミクラノカミ)
- 三狐神(ミケツノカミ・サンコシン)
- お稲荷様(オイナリサマ)
- 稲荷神(イナリノカミ)
このような別名を持っています。
お稲荷様と呼ばれる神様で考えると、神道では他にも五穀豊穣の神である
- 保食神(ウケモチ)
- 豊受姫神/豊受毘売神(トヨウケビメノカミ)
等々の神様も含まれるとの考え方もあります。
これだけ多くの別名があるのは、日本は八百万の神々がいる国で、長い年月をかけて、神仏習合をしていったように、様々な神様が同一視されていったからです。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る神社
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る神社と言うと、やはり日本三大稲荷です。
日本三大稲荷と言っても、実は3つだけではなく、伏見稲荷大社以外は各種説があります。
また、稲荷神を祀る点では同じでも、仏教の稲荷神を祀る寺院も日本三大稲荷には入ってきます。
今回は、その中でも最も一般的な日本三大稲荷神社に数えられるのは、伏見稲荷大社、祐徳稲荷神社、笠間稲荷神社だとされます。
伏見稲荷大社(稲荷社の総本宮)
稲荷神社と言えば、やはり最も有名なのは京都市伏見区深草に鎮座する伏見稲荷大社です。
全国3万社あるといわれる稲荷社の総本宮です。
千本鳥居で世界的観光地になる伏見稲荷大社です。
伏見稲荷大社では、ご本殿に下社のウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)と並び、中社の佐田彦大神(サタヒコオオカミ)、上社の大宮能売大神(オオミヤメノオオカミ)、田中社の田中大神、四大神(しのおかみ)が祀られています。
ちなみに伏見稲荷大社の中には、他にも古くから祀られる神社も存在しており、そこでは別の神様も祀られています。
筆者も毎年初詣に加え、時間の許す時に参拝していますが、最近では参拝客の半分以上が海外の方で山の頂上に行く道も中々込んでいますね。
祐徳稲荷神社
佐賀県鹿島市にある、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る日本三大稲荷の祐徳稲荷神社です。
清水の舞台のような、荘厳な本殿が有名で見たことある方も多くいるのではないでしょうか。
こちらも、最近はタイで放映されたドラマのロケ地になったことから、多くの海外旅行客が来る観光名所にもなっています。
笠間稲荷神社
茨城県笠間市にあるウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る日本三大稲荷の笠間稲荷神社です。
創建は、伏見稲荷よりも古い651年とされる古くから崇敬を集める神社です。
日本三大稲荷の中の、神社ではその他に、
が有名です。
ちなみに、日本三大稲荷神社ではなく、寺院も含めて日本三大稲荷と言うと、愛知県の豊川稲荷も有名です。
こちらは、豐川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)という、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)とは別の神様であるお稲荷様を祀っています。
他にも、日本五代稲荷として、
が有名です。
ちなみに、福島稲荷神社では、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)ではなく、豊穣の神として、豊受比売命が祀られています。
ここからは、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)とはどんな神様として神話で描かれ、どのように今のお稲荷様として民衆の支持を集める神様になったのか、その由来について詳しく解説していきます。
神話のウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)の由来・系図
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)は、名前から豊穣の神様という由来を持ちます。
古代の日本では、「ウカ」や「ウケ」という言葉には、「穀物・食物」という意味を持ちます。
神話の中に現れる、五穀豊穣を司る神様として、保食神(ウケモチ)、豊受比売神(トヨウケビメノカミ)等の神様にはやはり、「ウケ」という言葉がついています。
同一視される宇賀神も「ウカ」がついていますね。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)は日本神話の中では、描かれる物語は全く、どの神様の子供として生まれたという表記しかありません。
しかも、古事記と日本書紀ではそれらの表記も違うのです。
スサノオノミコトの子として描かれる
古事記では、スサノオノミコトと、神大市比売(カムオオイチヒメ)の間に生まれる神様として描かれます。
兄弟(姉妹)の神として、大歳神がともに生まれています。
ちなみに、大歳神はお正月に家々にやって来る豊穣の神の歳神様(年神様)と同一視されています。
イザナギノミコトとイザナミノミコトの子として描かれる
日本書紀では、スサノオノミコトの子ではなく、イザナギノミコトとイザナミノミコトの子として生まれます。
日本書紀のイザナギノミコトとイザナミノミコトがアマテラスオオミカミ、ツクヨミノミコト、スサノオノミコトを生む神産みの段のある書にて、おなかがすいて飢えている時に生まれたのが、「倉稲魂命」と記されるウカノミタマノカミです。
日本神話を記した古事記や日本書紀ではそれぞれ、生まれたと言うことしか書いていません。
一般には偽書とされる日本神話を描いた書物のホツマツタヱには詳しく書いていますが、こちらは後程ご紹介します。
お稲荷様とウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)という神様が伏見稲荷大社に祀られ、お稲荷様として、民衆の支持を得るまでの歴史をご紹介します。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)がお稲荷様になる前
お稲荷様というと、今ではウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)と考える人も多くいますが、冒頭で仏教のお稲荷様もいるので、
「お稲荷様=ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)」ではないとご紹介しました。
実は、今ではウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る伏見稲荷大社でも、元々はお稲荷様はウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)ではありませんでした。
伏見稲荷大社を創建したのは、秦伊呂具(ハタノイログ、もしくは伊呂臣(イロコ))という者です。
この秦伊呂具は、海外から当時先進文化をもたらした渡来人の秦氏族の長です。
秦氏とは
平安時代の新撰姓氏録という書物では、秦の始皇帝の子孫とされ、現在は朝鮮(新羅/百済それぞれの説が)からの渡来人とされる一族で、日本に帰化した後、優れた文化をもたらしたことで宮廷でも認められるようになります。
秦と書いて「ハタ」と呼ぶのは、仁徳天皇の御代にて優れた機織りの技術を認められ、「ハタ公」の姓を受けたと言われます。
秦氏族は機織りだけでなく、酒造りにも秀でていたり、農耕技術も先進的なものを持っていたと考えられます。
そんな、氏族であった秦氏は当時山背国と呼ばれた京都の太秦に拠点を置き、その後深草に拠点にも置きました。
この深草にて、莫大な資産を持って創建されたのが、伏見稲荷大社という神社なのです。
伏見稲荷大社の創建の説話
伏見稲荷大社の創建の説話は五穀豊穣の神を祀る神社にふさわしいものです。
秦伊呂具は、ある時餅で作った的を作りそこに矢を放ちました。
すると、矢が刺さったお餅は白鳥となって飛んで行き、山(現在伏見稲荷大社が鎮座する山)に飛んでいきました。
そして、そこにたくさんの稲が成ります。
この稲が成り豊かな土地になった場所に秦伊呂具は社を創建したそうです。
この「稲が成り」という説話が「いねなり」→「いなり」となったとされ、稲荷と書いて「いなり」と読むようになったそうです。
※この説話がかかれている、山城国風土記では「いなり」を「伊奈利」と表記しています。
当初は秦氏の祀る神様
伏見稲荷大社は深草にいた秦氏によって創建された神社ですので、秦氏の氏神が祀られる神社として始まります。
秦氏は先ほど解説した、大陸の先進技術を持った氏族であったこともあり、農耕技術も優れたものを持っていたことからか、伊奈利社は人々の間で五穀豊穣をお祈りしに行く神社として有名になったと言われます。
時代の流れも、伏見稲荷大社創建すぐ都が平安京へ遷都され都が賑わうようになった時代でもあり、宮中の崇敬も深くなります。
ちなみに、伏見稲荷大社自体がそもそも秦氏に由縁のある場所ではありますが、古くから秦氏に深く由縁のあると言われる場所が伏見稲荷大社の敷地の中に存在しています。
その場所はとても落ち着いた良い場所ですので、人が殺到しないようにここでは名言は避けます。
豊穣の神のお稲荷様がウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)へ
豊穣の神として人気を集める伊奈利社のお稲荷様(稲荷神)は、その後日本神話に出てくる、五穀豊穣の神であるウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)と習合をするようになります。
お稲荷様の歴史や稲荷神社についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
稲荷神社・お稲荷様(稲荷神)を解説|ご利益・狐の祟り等怖い話の由来とは
稲荷社の狐はお稲荷様ではない
ちなみに、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を祀る伏見稲荷大社を含む稲荷神社と言えば、では狛犬ではなく、狛狐が神様の遣い(眷属)として神社内に多数像が祀られています。
そのため、お稲荷様と言えば狐のイメージはありますが、あくまで狐は眷属と呼ばれる神様のお使いであり、お稲荷様という神様は狐ではありません。
ちなみに、お稲荷様のお使いの狐は、白狐と呼ばれ、目に見えない狐であるとされています。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)のお姿(画像)
では、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)はどのような見た目の神様か。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)という神様は女神ともされる説が多くあります。
これは伏見稲荷大社が、仏教の稲荷神としての荼枳尼天(女性神)を由来として女性神をイメージするとしていることから言われています。
しかし、他の稲荷神社ではウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)は次のようなお姿の絵が伝えられています。
出典:笠間稲荷神社 ご祭神について
この画像を見ると、狐にまたがり、豊穣の神として稲を持ったお爺さんのような姿をしていますね。
ちなみに女性神のイメージはダキニ天(荼枳尼天)という神様から来ていると言いましたが、そちらの画像はこちらです。
お稲荷様と呼ばれる神様は仏教にも
さて、先ほどから何度も触れてきましたが、お稲荷様という神様はウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)という日本神話に出てくる神様以外に、インドから渡ってきた仏教の神様の荼枳尼天もお稲荷様と呼ばれます。
伏見稲荷大社が神仏習合の時代に、荼枳尼天と習合しお稲荷様は女性神としたというもありますが、現在は神仏分離令の影響で別々の神様として考えられています。
この荼枳尼天は、人の余命が残り半年ということがわかる神様で、その人達を食べていたという恐ろしい神様と言われます。
荼枳尼天についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
ダキニ天(荼枳尼天)とは|ご利益や祟り/怖いと呼ばれる理由を解説
また、神社の神様と仏教の神様が同一視されていた神仏習合やそれが終わるきっかけとなった神仏分離令について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
神仏習合とは(=神仏混淆)|歴史・現在も影響の残る神社寺院の例をご紹介
神仏分離令とは|神仏分離の目的や廃仏毀釈等への影響をわかりやすく解説
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)にまつわる様々な説
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)という神様は全国3万社あるといわれ、全国で最も祀られる人気の神様であることから、様々な説が存在しています。
それらの説についてご紹介しましょう。
お稲荷様は怖いや、祟りがあるという説について
まず、ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)を含む、お稲荷様という神様は
- ちゃんと祀らないと祟りが起きる
- お稲荷様は怖い
などと言う、噂がネット上にあります。
この噂は間違ってもいませんが、合ってもいません。
なのでむやみにその証拠なしに信じることは絶対にしないでください。
お稲荷様は怖いと言われる原因は複数ありますが、今回は特に大きな原因の2つを解説します。
稲荷神社への崇敬の念を忘れる頃に祟りが
お稲荷様は、江戸時代から商売繫盛の神様としてとても有名になり、多くの商工業者が鳥居を奉納していますね。
そんな商売繫盛のお稲荷様に「稲荷を祀れば3代で家が潰れる」という言葉があると言われていますが、残念ながらお稲荷様と家がつぶれることの因果関係はありません。
私の知り合いで、創業者が伏見稲荷大社をお参りしてすでに何代も続いているという会社の創業家の人はいますし、事実無根もいいところです。
3代でつぶれているのは、祟りではなく単純にビジネスモデルが立ち行かなくなったことや、会社組織の問題でしょう。
このようなことが言われるようになったのは、「(神様への)感謝の心を忘れないように」という教訓のためと言われているそうです。
3代も経ると神社への崇敬の念が薄まりお稲荷さんの罰が当たり、家がつぶれるぞと言い、跡継ぎの人に傲慢な心を律する一つの教えにしたのかもしれませんね。
稲荷社に集まる低俗霊
こちらは、昔から言われる信仰の一つの考え方です。
現代でも家によっては言い伝えられていると思いますが、低俗霊が憑りつき祟りが起こるというものです。
こちらは信じる信じないは皆さんにお任せしますが、やはり古くから言われる信仰の形として、ご紹介します。
稲荷社は全国に小さな祠も含めて3万社もあるといいます。
こういった小さな祠で整備がされていない神社では、動物霊等の低俗霊が集まると言われています。
そういった祠にお参りをすると、低俗な霊がついてしまい不幸なことが起こるようになり、稲荷社に参ると祟りが起こると考えられるようになったのです。
お盆に川や海と言った水辺に行ってはいけない、お葬式の帰りは塩を肩に振って家に入る等々、現代の生活でもいまだによく言われる霊の憑く場所の話と同じように、気を付けるべき場所として「整備されていない稲荷社」もあるというイメージです。
しかし、世の中の稲荷社すべてがそうではありません。
ちなみに、この整備されていない神社に関しては稲荷社に限ったものではありません。
稲荷神社が特に多いことからこのように言われたのかもしれませんね。
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)の様々な説
ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)という神様はたくさんの神様と同一視されています。
やはり、祀る神社が多い分様々な信仰との習合が多いのでしょう。
その一つが、田の神です。
日本の各地には民間信仰という地域に独自の信仰があります。
日本の男性器のお祭りなどもも民間信仰ですが、その一つが田の神というものです。
こういった民間信仰では、狐は田んぼを荒らすネズミを退治してくれる救世主であったことから神様の使いというイメージがついたともされます。
他にも、地域によって大物忌神や白蛇神等の信仰とも集合したそうです。