八正道とは|仏教の説く実践すべき8つのことの意味をわかりやすく解説

八正道

八正道とは|仏教の実践すべき8つの行動の意味を解説

八正道とは仏教の最終目的である「苦しみから解放され、安らかな人生を歩む」ために実践が必要とされる8つの行動のことを意味します。

今回は八正道という仏教の教えの詳しい内容に加え、仏教の教えについてもなるべく仏教用語は使わずにわかりやすく解説していきます。

八正道の読み方「はっしょうどう」

八正道は「はっしょうどう」と読み、八聖道とも表記します。

この二つの表記は特に使い分けがあるわけではないので、一般に知られる八正道という表記で意味について解説していきます。

八正道の意味

八正道は仏教の最終目標、仏教用語で涅槃,涅槃寂静と言い、悟りの境地に達するための正しい8つの行動を意味します。

涅槃という仏教の最終目標についてはこちらで詳しく解説しています。

涅槃とは|涅槃(ニルヴァーナ)の意味は苦しみの最高の境地=仏教のゴール

八正道の8つの行動について簡単にご紹介していきます。

八正道の一:正見(しょうけん)

正見とは「正しいものの見方」で物事を見るという意味です。

正しいものの見方は、偏りないものの見方とも言えます。

自分の固定概念などが入らずに物事をありのままに見ることを意味します。

物事をありのまま見るというのは、とても難しく、特に人間関係や愛着のあるものに対してなど、憎しみの感情や怒りの感情、愛情を持っていると物事をありのままに見ることが難しくなり、それが苦しみを生む原因となるのです。

苦しみから解放されるために、この世の真理(諸行無常諸法無我等)を知り、物事をありのままに見る眼を養うのが正見です。

八正道の二:正思惟(しょうしゆい)

正思惟とは正しい考え方を持つことです。

正しい考え方というのは、偏らない考え方を持つということです。

仏教の説く物事の正しい見方とは、自己中心的な考え方を捨て、この世の真理に照らし合わせて考えることです。

誰しも幸福に生きていきたいと考えると思いますが、その幸福に生きるために自己中心的な考え方に走ってはいけないということです。

  • 憎しみ、怒りに任せた考え方:瞋恚(しんに)
  • 自分が幸せになるためにという自己中心的な考えから生まれる欲望:貪欲(どんよく)
  • 物事の道理に無知であること:愚癡(ぐち)

具体的にはこういった自己中心的な偏った考えを捨てるということです。

八正道の三:正語(しょうご)

正午とは正しい言葉遣いをすることです。

  • 妄語:相手を騙すためや自分を偽るための嘘
  • 両舌:自分本位の二枚舌
  • 悪口:相手を悪く言い傷つけるような言葉
  • 綺語:出まかせ、事実とは違い言葉で飾り立てること

こういった嘘や悪口、陰口など相手を傷つける言葉は論外ですが、正しいことを伝えるだけでは相手を傷つけることもあります。

相手の心を慮り、場合に即して、正しい伝え方をすることも正語の大事なポイントです。

八正道の四:正業(しょうごう)

正業とは正しい行いをすることを意味します。

殺生(生き物を殺すこと)や盗みをしてはいけない、みだらな行為をしないなど、人としてしてはいけないことはしないということを意味します。

八正道の五:正命(しょうみょう)

正命とは正しい生活を送ることを意味します。

規則正しい生活を心がけ、人をだましたりして生計を立てるなどはしてはいけないということです。

八正道の六:正精進(しょうしょうじん)

正精進とは正しい道に向かって正しい努力をすることを意味します。

今まで行っていた間違ったことは止め、正しいことを行って生きていく努力をしましょうということです。

八正道の七:正念(しょうねん)

正念とは正しい意思・信念を持つことを意味します。

この世の絶対に変えられない真理(諸行無常諸法無我)を知り、その真理に即して正しい信念を持って生きることです。

八正道の八:正定(しょうじょう)

正定とは、正見や正念という正しいものの見方、正しい信念を胸に、正しい座禅を行うことを言います。

少し話は逸れますが、最近ではマインドフルネスという言葉がアメリカ西海岸で流行ったのをきっかけに、様々な座禅法・瞑想法もあってかなり身近な存在になっています。

座禅・瞑想は一般の人で行う習慣を持つ人はあまりいないと思います。しかし、座禅・瞑想を行うことで、

  • メンタルを強くする
  • 相手への共感能力が高まる
  • 集中力を高めることができる

こういった効果がハーバード大学などの名だたる大学の研究によって観察されています。

ちなみに、正定においての正しい瞑想の方法というのは上座部仏教ではヴィパッサナー瞑想と言う方法とされます。

このヴィパッサナー瞑想は上記出見たような有名な大学での研究でも効果が最も高いと立証されています。

八正道の「正」と中道の考え方

八正道のそれぞれの意味を解説している時に、「そもそも正しいとは?」と感じた方もいるかもしれません。

正しいということを「偏らない」と表現しているところもありましたが、自分の感情・欲望に支配されないものの見方や行動が正しいと言えます。

偏らないということを仏教の言葉で中道と表現します。

この世は苦しいことばかりであるのは、物事に執着して生まれる欲望(=煩悩)が原因とお釈迦様は説きます。

この世の真理を理解せず、物事が自分の思う通りに運ぶと考える、つまり煩悩に支配されること正しいものの見方や考え方を持つことができなくなる原因です。

この世の真理とは、仏教では諸行無常諸法無我という2つの言葉で表現されます。

それぞれについてはこちらで詳しく解説しています。

諸行無常の意味とは|平家物語の”諸行無常の響きあり”の意味も含め簡単に解説

諸法無我とは|意味や簡単にイメージできる例で説明。諸行無常との関係とは

八正道の実践は非常に難しい

八正道の意味を簡単にご紹介しましたが、八正道の実践は非常に難しいのです。

身近なことで例えてみると、自分に対していつも意地悪な人がいるとしましょう。その人に腹が立ち、恨みの感情を持っているとします。

その人が他の人に対していい事をしたところを見たとしても、自分の眼から見ると、その行動は他の人に媚を売っているように見え腹立たしく見えてしまうと思います。

他の人に対して良いことをしたとしても、実際は意地悪をするようなひどい人間であることは事実ですが、良い事をしたという事実をありのままに見ることはすでにできていません。

これは自分の怒りや恨みの感情によって、ものを見るときに偏った見方をしている一例です。

人間誰だって、ひどいことをされれば物の見方に偏りが出てしまうと思うかもしれません。

けれども、その他のあらゆる物事でも人はものを見るときに知らず知らずのうちに偏った見方をしているものです。

例えば愛する人を得た時もそうです。

それが恋人なのか、子供なのか、ペットなのか、いずれにしても愛する存在によって幸せを感じます。

この時に多くの人は愛する存在によって物事を偏りを持たずに生きることができなくなります。

そのことは若くして愛する人を失うという悲劇にあったと考えると分かりやすいかもしれません。

人間・動物、何だっていつかは死ぬことはだれもが理解していると思います。

しかし、その別れが平均寿命と呼ばれる一種の基準よりも早いものだと、より一層悲しい出来事と考えるのは当たり前です。

この感情は当たり前のものではあると思いますが、幸せは普通に続くものと言う考え、つまり偏ったものの見方から生まれる苦しみと捉えることができます。

憎たらしい人間に出会ったり、愛する人と別れる苦しみなどこの世は自分の思い通りにならないことばかりのこの世の中で、自分中心の見方にならず、正しいものの見方、偏らないものの見方を得るのは大変難しいものです。

ちなみに、上記の例は極端な苦しみの例ですが、この世は思い通りに行かないことばかりで、大きなことに限らず、小さなことでも通じることです。

ちなみに仏教ではこの世は思い通りに行かない苦しみばかりということを一切皆苦(いっさいかいく)と言い、上記の例に挙げた、憎たらしい人と出会うことの苦しみを怨憎会苦(おんぞうえく)、愛する人との別れの苦しみを愛別離苦(あいべつりく)と表現します。

仏教の教えは漢字が並び、複雑そうに見えるかもしれませんが、八正道も含め本当はとてもわかりやすいものなのです。

八正道はわかりやすい教えだが

わかりやすいとは言っても、正見という八正道の第一の教えからすでに実践するのは難しく、八正道を完全に行うことはほぼ不可能かもしれないということも理解していただけたかと思います。

お釈迦様は実は仏教で教えている様々なことを悟った後、人々にはこの教えが難しすぎて教えないでおこうと考えたほどです。

そこに梵天というインドの神様でこの世を作ったとされる神様にお願いされてしぶしぶ教え始めたのが広まって今に至ります。

この八正道の教えを実行するのは難しすぎて、自身も完全な実践はできないと感じたとされる法然や親鸞という優れたお坊さんが、「南無阿弥陀仏」と唱えることで、仏様に救っていただけるのですよと教えを説くようになります。

八正道に関連する仏教の重要な考え

八正道はあまり仏教を知らない人でも、わかりやすい教えではあります。

ですが、この八正道の意味はお釈迦様が説いた、他の概念も理解するとさらに深みを持ったものになります。

正しい、偏らない、この意味がさらにイメージできるようになる、八正道に関連した教えについてご紹介いたします。

四諦八正道

本来は八正道は四諦(したい)という仏教の概念の道諦(どうたい)のことを意味していると言われています。

四諦とは、

  • 苦諦:この世は思い通りにならないことばかりで、悩みばかりのもの
  • 集諦:この世のあらゆる苦しみの原因は欲望(煩悩)である
  • 滅諦:苦しみの原因である煩悩をなくせば、苦しみから解放される
  • 道諦:苦しみから解放されるための実践すべきこと

この四つを意味します。

四諦は、なぜこの世が苦しいのか、そしてその苦しみの原因は何で、苦しみから開放される方法をとても分かりやすくまとめたお釈迦様の教えです。

たくさんの教えがある仏教ではありますが、この煩悩を消すための具体的な対処法が四諦で言う道諦、つまり八正道であるのです。

四諦についてはこちらで詳しく解説しています。

四諦(四聖諦)とは|仏教の言葉の意味を八正道も含めわかりやすく解説

八正道と六波羅蜜

仏教の最終目標である涅槃寂静(悟りの境地)に至る実践項目として、八正道の他に、六波羅蜜という教えがあります。

六波羅蜜

  • 布施(ふせ):人のために善行すること。ほどこすこと。
  • 持戒(じかい):自らを戒め生活すること。つつしむこと。
  • 忍辱(にんにく):困難に耐えて生きること。しのぶこと。
  • 精進(しょうじん):最善を尽くし努力をし向上心を持ち続けること。はげむこと。
  • 禅定(ぜんじょう):心を落ち着け、動揺しないこと。しずけさを保つこと。
  • 智慧(ちえ):真理を見極め、真実を見抜く心眼を養い知恵に溺れないこと。学ぶこと。

この6つの実践項目を意味しています。

八正道と六波羅蜜の教えには通じるものがありますが、八正道という教えはタイやミャンマーなどに伝播していった上座部仏教で、六波羅蜜は日本や中国に伝播していった大乗仏教で重視される考え方になります。

六波羅蜜は八正道と違い、利他と言う自らの悟りを得るための行動に加え、他人に対して行う行動含むことが最も大きな違いと言われます。

六波羅蜜についてはこちらで詳しく解説しています。

六波羅蜜とは|波羅蜜の意味と共に布施,持戒,忍辱,精進,禅定,智慧を解説

八正道と三学

また、六波羅蜜のように仏教の教えを学ぶ人が行うべき修行の内容を別の言葉で表現したものに三学と言うものがあります。

これは八正道の行動を大まかに3つにまとめたとも言える、仏教の基本的な修行のすべきものです。

三学は「戒学・定学・慧学」の三つから成ります。

八正道はそれぞれに、

  • 戒学:戒律・規律を守り、正しい生活を行うこと
    正語、正業、正命
  • 定学:禅定(座禅)を行い、心を落ち着かせること
    正精進、正念、正定
  • 慧学:真理を知り、智慧を体得すること
    正見、正思惟

このように割り振られます。

仏教には、同じような表現が多くありますが全ては「苦しみから開放され、安らかな人生を歩むため」の行動だとわかれば、難しいことはありません。

ちなみに、念仏を唱えれば誰でも救われると言う浄土宗を開いた法然上人は「余がごときは、すでに戒定慧の三学の器にあらず」と仰っており三学、八正道の実践の難しさを語っています。

八正道の英語表現

ちなみに八正道は英語では、「Noble Eightfold Path」と表現します。