入滅とは|意味や類語・お釈迦様の入滅の話や入滅の日の涅槃会を解説

入滅

入滅とは|意味やお釈迦様の入滅の話を紹介

入滅とは仏教用語で、本来はお釈迦様が亡くなられることを意味する言葉でした。

このお釈迦様の死を意味する入寂は、本来は仏陀(ブッダ)という「悟りを開いた人」に使われる言葉でしたが、転じて様々なところで使われるようになります。

今回は入寂という言葉の意味や、お釈迦様の入寂の物語についてご紹介いたします。

入寂の読み方は「にゅうじゃく」

入寂は「にゅうじゃく」と読みます。

なぜ「寂」という漢字が使われるのか、入寂の意味について見ていきましょう。

入滅の意味

入滅の意味は、次のように表現されます。

  • 煩悩の火を吹き消した、完全なる悟りの境地に入ること
  • 肉体的な欲望からも完全に解き放たれて涅槃に入ること(=無余涅槃)

入滅は本来の意味なら、お釈迦様のように悟りの境地に達した仏陀(ブッダ)の死を入滅と表現するのですが、転じて高僧の死にも使われる表現となります。

広辞苑では入滅の意味は次のように定義されます。

入寂の意味

滅度(涅槃)に入ること。釈尊の死、または広く高僧の死

出典:広辞苑 第七版 岩波書店

入滅は、死を意味すると今では使われていますが、本来は仏陀(ブッダ)という悟りを得た人間が、完全なる涅槃の境地に入ることを意味します。

涅槃に入ると、苦しみの多いこの世界に何度も生まれつくこと(六道輪廻)から離れることができます。

お釈迦様は、入滅は身体という罪悪のものを捨てることと最後の説法で言われたとされ、本来は入滅がただ死を意味するという分けではありませんでした。

入滅と涅槃

入滅と言う言葉と涅槃は似ていますし、意味が被ることもありますが、一部異なるところがあります。

「涅槃に入る(ねはんにいる)」という言葉と「入寂する」

この言葉は両方とも、お釈迦様が亡くなられたことも意味します。

しかし少々違うのが、涅槃に入ることは、生きながらでもできます。

涅槃とは

涅槃とは、仏教の最終目的である悟りの地を意味します。

仏教の最も重要な3つの教えの三法印「涅槃寂静」という言葉にもありますが、

煩悩(欲)に苦しむことがない、心が穏やかに安定した状態」が涅槃です。

お釈迦様は35歳であらゆる煩悩から解放され、マーラという煩悩の化身である悪魔の邪魔をものともせず、悟りを開かれましたが、その悟りを開いた状態もまた涅槃です。

つまり、死することで涅槃に入るという分けではありません。

しかし、涅槃の境地に達しても人間として生きている限りは、食欲や睡眠欲などの身体的な制約があります。

この身体的な欲求からも完全に解放されることを涅槃に入る・入寂すると表現するのです。

涅槃では簡単にこのように2段階の境地がありますが、前者の人として生きながら悟りを開いた状態を有余涅槃。

後者の身体的な浴からも解放された涅槃の状態を無余涅槃、または般涅槃などと言います。

上記のように涅槃と入寂の概念には少しの違いがあります。

涅槃という言葉についてはこちらで詳しく解説しています。

涅槃とは|涅槃(ニルヴァーナ)の意味は苦しみの最高の境地=仏教のゴール

また、煩悩という言葉についてはこちらで詳しく解説しています。

煩悩とは”人生を苦しめる原因”|煩悩の意味と仏教の教えをご紹介

入滅の類語|寂滅・入寂等

入滅という言葉には、同じ意味を持つ言葉が複数あります。

  • 寂滅
  • 入寂
  • 帰寂
  • 滅道
  • 滅度
  • 入定(にゅうじょう)
  • 泥洹(ないおん)

いずれも、入滅と同意でお釈迦様に限らず、様々な宗派で高僧の死に利用される言葉です。

入滅の英語表現

入滅は、英語では涅槃と同じく、サンスクリット語由来のNirvana(ニルバーナ)と表現されます。

この語源となるサンスクリット語のニルヴァーナは「吹き消すこと」と直訳では訳され、煩悩の火を消すことが入滅の意味とされます。

お釈迦様の入滅の間際の物語

お釈迦様の入滅までの物語をご紹介します。

お釈迦様は35歳で悟り・涅槃の境地に達しました。

そこから45年間、悟りで得た境地を伝える伝道の旅に出ます。

80歳となるお釈迦様は体が老いていることからも、自らのその長い旅の終わりが近いと自覚されます。
そして最後の旅として、ラージャグリハから故郷のカピラヴァストゥへと向かう旅に出ます。

お釈迦様は共に旅をしていたアーナンダ(阿難)というお弟子さんに自らの三ヶ月後の入滅を予言します。

そして、お釈迦様はある時尋ねたパーヴァーという町で、鍛冶工のチュンダという人に施しを受けます。

この食べ物はスーカラ・マッダヴァというキノコ料理と言われ、食中毒と考えられる重い病気を患われます。

そして病体のお釈迦様が足を運んだのが、入滅の地「クシナガラ(クシナーラー)」という場所でした。

そこでお釈迦様は沙羅双樹の間に頭を北に、顔を西に向け(頭北面西という)、右手を枕に横になります。

この格好で、集まったお弟子さんや信者の人へお釈迦様は最後の説法をされるのでした。

そして最後に、

「この世のものはすべて変化し続ける。怠らず精進しなさい」

という言葉を残し、紀元前383年2月15日(諸説有)に80歳でお釈迦様は入滅されました。
下の絵はその時の様子を表現した涅槃図というものです。

入滅 お釈迦様

お釈迦様が亡くなられたクシナガラは、仏教の四大聖地としてあがめられています。

現在のクシナガラには、涅槃堂という建物があり、お釈迦様の亡くなられたお姿を表す涅槃像が安置されています。

入滅の日は涅槃会に

お釈迦様が入滅された日の2月15日は現在では涅槃会という法要を行います。

涅槃会は涅槃図(入滅図)を掲げ、お釈迦様を偲ぶ会として、灌仏会・成道会と共に仏教で最も重要な3つの行事とされます。

涅槃会についてはこちらで詳しく解説しています。

涅槃会とは|お釈迦様の命日の法要とだんご・はなくそ等の由来を紹介

また、お釈迦様の入滅の日以外でも、例えば真言宗の開祖の弘法大使(空海)の入滅された日は御影供(みえく)と言い法要を行うなど、様々な宗派で、開祖の入滅の日には法要を行うのが一般的です。