蘇民将来とは|茅の輪/子孫家門符の起源やスサノオ/牛頭天王の伝説を解説

蘇民将来

蘇民将来とは|謎の多い日本の伝説を解説

蘇民将来という言葉は地域によっては全く聞きなれない言葉です。

現在では、護符(お札)やお正月に飾るしめ飾り(しめ縄)に「蘇民将来子孫家門」なんて言葉が見られますが、そもそも「蘇民将来」とは何なのか。

その起源、そして蘇民将来の伝説から生まれた、護符や茅の輪と言ったもののご利益についてご紹介します。

蘇民将来の言葉の意味

蘇民将来はそもそもの意味は人の名前を意味する言葉です。

蘇民将来という人物は、蘇民将来説話と呼ばれる日本の各地で見られるものの中に現れる人で、この伝説の中でも有名なものは

  • 京都の八坂神社(祇園社)
  • 三重県の伊勢地域
  • 長野県の上田市の信濃国分寺を中心とした地域
  • 広島県(備後国と呼ばれた古い時代)

と言った地域のものです。もちろん他の地域でも見られます。

この蘇民将来説話はスサノオノミコトが現れる伝説と、牛頭天王が現れる伝説の二つのパターンが存在しています。
ちなみに、スサノオノミコトと牛頭天王は同一視されていますので、大きく違うわけではないのですが、若干の物語の違いがあります。

スサノオノミコトや牛頭天王について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
スサノオノミコト(素戔嗚尊)とは|神話(ヤマタノオロチ等)、ご利益等を解説
牛頭天王とは|蘇民将来の物語やスサノオ都の同一説/ご利益やご真言を解説

蘇民将来のお守り/護符(お札)

蘇民将来という人物は、様々ある蘇民将来伝説のいずれの中でもスサノオノミコトもしくは、牛頭天王より、

茅の輪を飾り、蘇民将来の子孫の家ですと書いたお札を付けていれば厄災や禍を除くことができる

というお言葉をもらいました。そしてその言葉の通りに実践したことによって蘇民将来の家は長く繁栄をします。

この茅の輪と蘇民将来の子孫の家ですを意味するお札が現在蘇民将来信仰や様々な神社の厄除けという形で受け継がれているのです。

蘇民将来の様々な地域や神社に伝わる伝説については後程ご紹介します。

蘇民将来のお守り・護符(お札)の種類

蘇民将来のお守りや護符は様々な地域で様々な形で伝承されてきました。

現在では、お正月飾りしめ飾りに「蘇民将来子孫之家門」や「蘇民将来子孫也」と言ったお札を付けているや、お札だけの物が一般的です。

蘇民将来子孫家門 お札 画像

しかし、地域によっては、下の画像のような「蘇民将来符」と言った様々な形の護符があります。

 

また、蘇民将来のご利益にあずかるお札だけでなく、お守りも蘇民将来を祀る、もしくはかかわりの深いスサノオノミコトや牛頭天王を祀る神社や寺院で授与しています。

有名なものには八坂神社の蘇民将来守というお守りがあります。
参考:八坂神社「蘇民将来守」

また、八坂神社では蘇民将来に関わりの深い祇園祭で、蘇民将来子孫也と書かれた護符を授与し、それを持ってお祀りに奉仕するとされています。
参考:八坂神社蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)

蘇民将来のしめ飾り(注連縄)

蘇民将来 しめ飾り/しめ縄 画像

蘇民将来のしめ飾りは地方に独特のお正月飾りです。

蘇民将来のしめ飾りでは、しめ飾り自体の厄除け、災厄除けの結界の意味に加えて、蘇民将来の伝説に由来する疫病神を祓うという強い厄除けの意味を持ちます。

蘇民将来符に書いている字の意味

蘇民将来符や蘇民将来のお札、しめ飾りに書いている文字はそれぞれどういう意味があるのかを解説します。

蘇民将来子孫家門

読み方は「そみんしょうらいしそんけもん」

蘇民将来之子孫家門、蘇民将来子孫之家門とも表記されます。

蘇民将来の説話で、茅の輪による厄除けのおまじないと共に、厄除けの方法として、蘇民将来子孫家門と書いて玄関口に飾っていれば、家は厄災・禍を免れるであろうと言ったことからこの言葉をお札に記して飾るようになりました。

意味は「蘇民将来の子孫の家の門です」という意味です。

蘇民将来子孫也

読み方は「そみんしょうらいしそんのけもん」です。

「蘇民将来之子孫也」とも表記され、上記と同じく、蘇民将来の説話に基づき、蘇民将来の子孫であるから厄災を降りかからないようにしてくださいという意味を持ちます。

蘇民将来のお守り・護符の値段/価格相場

蘇民将来のお守りは500円で八坂神社で売っているものもあります。

蘇民将来の護符やしめ飾りはサイズによって初穂料(値段)が変わりますが、1000円から5000円ほどが相場です。

上田市に伝わる伝統的な蘇民将来符は1000円から8000円で授与されるようです。

蘇民将来と茅の輪

蘇民将来にまつわるものでもう一つ大事なものが、「茅の輪」です。

神社の6月30日の夏越大祓や大晦日の大祓と言った時期に神社に置かれる輪ですね。

蘇民将来 茅の輪

これも蘇民将来の伝説が由来になっています。

そもそも茅の輪にはどんな意味があるかご存知でしょうか。

茅の輪は厄除けのためのもの

蘇民将来の伝説で、茅の輪をスサノオノミコト/牛頭天王の言われた通りに作って付けていたら災厄を免れることができたと言います。

元々、牛頭天王は疫病神で、様々な災厄をもたらす神様です。逆にスサノオノミコトはヤマタノオロチを退治した災厄や悪縁を切る神様として祀られています。

これらの神様が、自分に貧しいながらも、きちんと対応をした蘇民将来に授けた厄災を除く方法は日本各地で信仰されるようになります。

ちなみに、夏越大祓や大祓という行事は、祝詞大祓詞が古くから読まれる最も大事な式典の一つで、私たちの日々生んでしまう、罪や穢れ、禍を神様に払っていただく行事です。

一般の人達はそれをこの茅の輪をくぐることで行うというのです。

神道で最も大事な神拜詞(となえことば)の大祓詞について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
大祓詞(おおはらえことば)とは?原文・現代語訳・意味・効果を解説

蘇民将来の伝説・説話について

さて、蘇民将来にまつわる信仰の形の現れのお守りやお札、茅の輪についてご紹介をしましたが、その蘇民将来の伝説について詳しくご紹介をしましょう。

蘇民将来とスサノオノミコト

蘇民将来とスサノオノミコトについては鎌倉時代に編纂された、「釈 日本各紀」という日本の神話についての解釈をまとめた書物に現れます。

この書物の中の備後国風土記という広島県の地域に伝承される蘇民将来の伝説を簡単にご紹介します。
この伝承は、疫隈の国の社という、現在は素戔嗚神社になっている神社の創建の由来を解説したものです。

蘇民将来(スサノオノミコト編)

昔、北海にいらっしゃった、武塔神(むとうしん)という神様が、南の海の神の女子を嫁にもらおうと旅に出ました。
日が暮れて、宿を探そうとしたとき、蘇民将来というものが2人いた。兄の蘇民将来は貧しく、弟の将来はお金持ちでした。

武塔神は弟の将来の家に泊まろうとすると、ケチって泊まらせなかったのですが、貧しい兄は武塔神を快く家に招き、貧しいながらも座られる場所を用意し、栗ご飯も炊いて歓迎をします。

滞在後、武塔神は無事に南の海の神の娘と結婚し、8柱の子を授かり、北の国に帰ろうとしました。

その途中に、兄蘇民将来の歓迎のお返しをしようと村によります。

そこで、蘇民将来の娘と妻に会い、「茅の輪を腰の上につけなさい」と伝えました。

その言う通りにしていると、その夜茅の輪を付けていた蘇民将来の娘以外全員が死んでしまいました。

武塔神はその後このように娘に伝えます。

「私はスサノオという神だ。今後厄災を避けるためには「蘇民将来の子孫である」と言って茅の輪を腰につけなさい」と仰ったと言います

これが、広島に伝わる蘇民将来伝説です。
突然村人がなくなるというショッキングな話ですが、蘇民将来と牛頭天王の神話はさらにショッキングな話です。

牛頭天王の神話を語る文献は複数あるのですが、その中でも特に有名な、「祇園牛頭天王御縁起」の内容をご紹介します。

蘇民将来と牛頭天王

牛頭天皇とその一行が宿を探している時、里の長者(お金持ち)の家の巨旦将来に宿を願います。

しかし巨旦将来はそれを断ります。
牛頭天皇はこの断りに大激怒して蹴り殺してやろうかと言いますが、部下の大臣が今は御祝の時期で良くないですと言い、怒りを抑えます。

そして、宿を探していると、貧乏な家でよければと蘇民将来が家に泊まっていくことを快諾します。

さらに、貧しいながらも牛頭天皇を粗略に扱わず丁寧に対応をしました。

牛頭天王はその慈悲深い心に感動して、玉を与えます。

そして、牛頭天王は宿を後にして竜宮城へ入り、龍神の3女の婆利采女と婚約し、八人の御子(八王子と言う)を産み、八年間も竜宮城にとどまりました。

そして、元の国に帰ることになり、また蘇民将来の住む里を通ると、蘇民将来はおお金持ちになっていました。

巨旦はその蘇民将来を妬んで、牛頭天皇を家に呼ぼうとします。
しかし、邪心に溢れた巨旦将来には蘇民将来のような良いことは起きませんでした。

そこで、巨旦将来はそれらの厄災の原因が牛頭天皇の神罰であることを知り、それらを取り除こうと、1000人の法師を集め般若心経の大講読会をしました。

このことを知った牛頭天皇はこの講読会に乗り込み法師たちを蹴り殺してしまいます。

牛頭天皇は除厄招福の神でもあり、行疫という厄災をもたらす神として描かれるのです。

蘇民将来は巨旦将来の娘の一人は赦してあげてくださいと牛頭天皇に言います。

そこで、牛頭天皇はその娘一人は助け、残りは蹴り殺してしまいました。

その後、牛頭天皇は蘇民将来このように伝えます。
「茅萱の輪をつくり、蘇民将来の孫と書いたお札を飾りなさい。そうすれば厄災を除くことができます。」

この茅萱の輪が、現在神社に飾られる茅の輪の起源となり、厄災除けのご利益があると言われるようになります。

牛頭天王とは|蘇民将来の物語やスサノオ都の同一説/ご利益やご真言を解説

牛頭天王は疫病神の性格を持つと陰陽道の理解があります。

この説話ではそんな厄災をもたらす、恐ろしい牛頭天王の一面が垣間見えます。

ただこちらの物語においても、スサノオノミコトと同じく、茅の輪と「蘇民将来の子孫である」とわかるお札を飾ることを、自分を丁重にした蘇民将来には伝えていますね。

伊勢に伝わる蘇民将来

さらに、蘇民将来の説話で有名な伊勢の蘇民将来伝説も簡単に違う点だけご紹介します。

伊勢では松下社と呼ばれるスサノオノミコトが祀られる神社の近くに蘇民と巨旦が住んでいたそうです。

この物語でもスサノオノミコトが出てくるのですが、広島の話とは違い、こちらでは巨旦という弟の名前が出てきて、

災厄の除け方は茅の輪を身につけるのではなく、家の周りに張り巡らしなさいとアドバイスをしたりと少々違いがあります。

これは、元々蘇民将来という物語は日本の各地で伝承されていたものであるためで、他の地域でも蘇民将来と同じ名前の伝承もしくは似たものがあったとされ、それが八坂神社を中心とした祇園信仰、その他牛頭天王信仰と結びつき今の形になっていった様です。

伊勢の蘇民将来の物語について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
参考:魔除けの門符 伊勢市観光協会

蘇民将来と神社/寺院のつながり

蘇民将来は民間の伝承でしたが、現在はスサノオノミコトを祀る多くの神社や、牛頭天王を祀る寺院等で蘇民将来にまつわる祠があったり、お祭り、茅の輪と言った信仰の形が見えます。

蘇民将来ととても関係の深い社寺について詳しくご紹介します。

八坂神社と祇園祭りは蘇民将来とつながる

八坂神社は、現在スサノオノミコトをご祭神に祀る神社です。

しかし、平安時代~江戸時代はスサノオノミコトと同一視された牛頭天王を祀る神社でもありました。

その八坂神社にて、牛頭天王の神話を記した「祇園牛頭天王御縁起」という書物があります。
先ほどの牛頭天王の蘇民将来もこちらの書を現代語訳しました。(京都大学のデジタルアーカイブでも今は見れますよ)

八坂神社は古くから祇園信仰と呼ばれ、厄神である牛頭天王を祀り、厄除け・疫病除けのご利益のある神社として天皇家、公家から民衆まで衆望を集めた神社です。

この八坂神社で毎年行われる祇園祭は牛頭天王のためのお祀りであると共に、蘇民将来の説話にちなんだお祭りでもあるのです。

祇園祭のちまきは蘇民将来の厄除けの説話に由来

祇園祭で「蘇民将来子孫也」と書かれた護符を授与していただくことに加え、祇園祭で様々な山鉾で手に入れられるお守り粽(ちまき)というものがあります。
※お餅のちまきとは別物です。

祇園祭 粽(ちまき) 蘇民将来

このちまきにも「蘇民将来子孫也」と言う言葉が書いてあって、私たちに厄災が降りかからないようにというお守りの役割をしているのです。

蘇民将来を祀る神社と朝鮮系神社(新羅神社)

蘇民将来を祀る神社は八坂神社以外に、有名なところは廣峯神社があります。

この廣峯神社は牛頭天王を日本で初めて祀ったとされる神社でもあり(八坂神社が始めてという説もあり)とても蘇民将来の伝説とも深いかかわりのある神社です。

実は、廣峯神社も八坂神社も新羅神社と呼ばれ、朝鮮にあった新羅国にゆかりのある神社だと言われています。

この新羅国に由来する神社で牛頭天王があり、スサノオノミコトが同一視されたということは古くから学者が研究してきたことなのですが、ここでは長くなるので、気になる方はこちらをご覧ください。
スサノオノミコト(素戔嗚尊)とは|神話(ヤマタノオロチ等)、ご利益等を解説
牛頭天王とは|蘇民将来の物語やスサノオ都の同一説/ご利益やご真言を解説

いずれにしても、蘇民将来という日本の各地で伝承された伝説と日本神話の神様のスサノオノミコト、様々な神様が由来とされる謎の多い牛頭天王という神様のつながりには多くの謎が残されています。

長野県上田市の信濃国分寺と蘇民将来符

蘇民将来については、全国で伝承が残っていると言いましたが、その中でも古くから信仰されていたことが記録に残されている地域が長野県上田市です。

蘇民将来府を作っていることで有名なこの地域では1月8日の八日堂縁日というお祭りで蘇民将来符が授与されます。

とても古くからあるお祭りとされ、他の地域と違った形で祝う上田市の蘇民将来の信仰の形は蘇民将来の信仰の広さを感じさせます。

蘇民将来にまつわる様々な説

蘇民将来について様々ご紹介しましたが、簡単にまとめると、厄災をよけてくれる茅の輪と蘇民将来のお札を祀り、招福をするという信仰の形が残っているというものです。

しかし、謎の多いこの蘇民将来という説話には、様々な説があります。

蘇民将来とユダヤ民族のつながり

世界中にある、自民族とユダヤ民族を同祖とする論は日本にもあります。

そして蘇民将来の信仰の形もユダヤの過越祭りというお祭りに類似性が見られるとして、蘇民将来のお祭りの起源はユダヤにあり、日本人の起源もユダヤにあると言います。

蘇民将来信仰と、過越祭りの類似性とは、

  1. 祭りの起源となる神話で神ヤハウェの禍を信仰を守るイスラエルの人間が避けることができる
    ※イスラエルがエジプトの奴隷だったころ、神がエジプトに神罰を与えた
  2. 神話の中で禍を避けるための方法として、玄関口に装飾をする
    ※家の入口をひつじの血で赤く塗る
  3. 祭りの中で木の枝を持って行列に参加する

1,2の点では、蘇民将来が家に茅の輪と蘇民将来子孫也という札を飾ることでスサノオノミコト・牛頭天王の厄災を裂けることができたことと類似してい、

3の点では、祇園で粽(ちまき)や八坂神社で授与される蘇民将来子孫也とついた枝の護符を持って祭りに参加するというものと類似しているとするのです。

蘇民将来と陰陽道や民間信仰

蘇民将来の信仰は八坂神社に一つの起源を持つとご紹介しましたが、この八坂神社の信仰が広がった平安時代は陰陽師が権勢をふるった時代です。

陰陽師は、中国由来の暦・陰陽五行や道教、神道、仏教の様々なものの複合で生まれる一種の信仰で、厄災をよけるための日や時間方位などを様々な生活の面で吉凶を占う人達です。

彼らは、八坂神社の牛頭天王の疫病神という性格や蘇民将来の厄除けの話を彼らの陰陽道の立場から理解し、それらを日本に広めていきました。

そんな彼らの陰陽道において、蘇民将来は天道神と同一とされ、良い神様だとされています。

逆に弟の巨旦将来はとても悪い神だと考えられ金神という、凶の神だとされます。

このように、蘇民将来は様々な面から様々理解をされる伝説の人であり神様です。

難しいことは置いておいて、蘇民将来の話は、まずしくても人にやさしく振る舞い、信仰の力をもって豊かになるという民間信仰の説話です。

私たちもそのような人になる努力をして、福にあずかりたいものですね。