大物主神(オオモノヌシ)とは?ニギハヤヒや大国主と同一説のある謎の多い神様を解説!

大物主神,オオモノヌシの祀られる大神神社

大物主神(オオモノヌシノカミ)とはどんな神様?

大物主神(オオモノヌシノカミ)とは日本神話に出てくる国津神という神様で、大国主命(オオクニヌシノミコト)とともに、日本の国造りをしたとても重要な神様です。

日本は古来から様々な「モノ」に神様が宿っていると考えられてきましたが、大物主神(オオモノヌシ)はそんな様々な「モノ」を司る神様として崇められています。

そんな有名な神様ですが、その正体は一体なんなのか?

と様々な説がある不思議な一面も持つ神様なのです。

様々な神様と同一説のある謎の多い重要な神様

正体は一体なんなのか?

実は日本神話に出てくる、他の神様が大物主神(オオモノヌシ)と同じなのではと言われています。

実際、日本神話の中で大物主神(オオモノヌシ)を描いた書物毎に、違う描かれ方がされています。

と言ったように、日本の創建に関わった重要な神様が実は大物主神(オオモノヌシ)と同一なのではないかと言われています。

今回は、大物主神(オオモノヌシ)の不思議な説や、

大物主神(オオモノヌシ)が日本神話でどのように描かれたのか、

また祀られる神社・大物主神(オオモノヌシ)のご利益についてあなたにご紹介いたします。

大物主神の別名

大物主神(オオモノヌシ)は様々な書物で様々な名前で描かれているので、別名が多くある神様です。

  • 大物主大神(大物主大神様)
  • 大物主命
  • 倭大物主櫛甕魂命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)
  • 大国主命の和魂(にぎみたま)
    (幸魂(さきみたま),奇魂(くしみたま)との表記も)
  • 三輪明神(みわみょうじん)
  • 大物主櫛甕玉命(おおものぬしくしかたまのみこと)
  • 意富美和之大神(オオミワノオオカミ)

大国主大神のご利益・御神徳

大物主神(オオモノヌシ)は日本の国造りをされた神であることや、神話の中の話、崇神天皇の御代の説話などから、たくさんのご利益・御神徳がある神様です。

  • 五穀豊穣
  • 商売繁盛
  • 殖産興業
  • 方除け
  • 交通・航海守護
  • 縁結び
  • 医薬
  • 国土開発
  • 疫病除け

大物主神のご神格

  • 国造りの神
  • 農業の神
  • 工業の神
  • 商業の神
  • 方除の神
  • 交通・航海の神
  • 縁結びの神
  • 医薬の神
  • 酒造りの神

大物主命の祀られる神社

大物主神(オオモノヌシ)は大変多くの神社に祀られていますがその中の有名なところをご紹介します。

大神神社(おおみわじんじゃ)

奈良県にある、日本最古の神社の一つと呼ばれる神社で、大物主神(オオモノヌシ)のご神体である山をお祀りする神社です。

日本古来の、自然崇拝と神様のつながりを今に伝えるとても歴史のある神社です。

日本書紀や古事記の中で、大物主神(オオモノヌシ)は、

「ヤマトの国の三輪山に私を祀れ」と大国主命(オオクニヌシノミコト)に伝えたと表記もあり、神代のころからの由来がはっきり見られる神社です。

◆大神神社の基本情報◆
所在地:奈良県桜井市三輪1422
公式HP:http://oomiwa.or.jp

その他に、大物主神(オオモノヌシ)を祀る有名な神社には、

  • 金刀比羅宮(香川県仲多度群琴平町)
  • 三輪神社(愛知県名古屋市中区大須)
  • 美和神社(山梨県笛吹市御坂町二ノ宮1450)

大物主神の日本神話の記述

さて、ここまでは大物主神(オオモノヌシ)の基本的な情報を見ていきましたが、ここからは大物主神(オオモノヌシ)とは一体どんな神様なのか?

大物主神(オオモノヌシ)について書いている様々な書物から、大物主神(オオモノヌシ)の物語を見ていきましょう!

大物主神(オオモノヌシ)の記述をがある書物で参考にしたものは、古事記、日本書紀、出雲国造神賀詞、大神神社に伝わる伝説等々です。
また、後程見る、大物主神(オオモノヌシ)正体とは?という部分では、一説として、ご紹介するのに、偽書と言われる「ホツマツタヱ」や「播磨風土記」も参考にしています。

大物主神(オオモノヌシ)が大国主命の前に現れる

大物主神(オオモノヌシ)が出る少々前から流れを説明します。

大物主神(オオモノヌシ)が神話に始めて出てくる部分は、大国主命(オオクニヌシノミコト)による国造りの真っ最中でした。

大国主命(オオクニヌシノミコト)は国造りをパートナーとなった天津神のスクナビコ(少彦名)とともに順調に進めていきます。

しかし、スクナビコナ(少彦名)は、突然常世国という海の向こうの世界に行くと言い、大国主命(オオクニヌシノミコト)を置いて行ってしまいました。

大国主命(オオクニヌシノミコト)は国造りという大業をこれからどうやって一人でしていこうかと途方に暮れ海を眺めていました。

すると、海を照らす神々しい光が目の前までやってきました。
そして次のように話しかけてきます

光:「国造りの大業の手伝いをしよう。その代わり私をヤマトの国の三諸山(三輪山)に祀ればな」

大国主命:「そなたは何者だ?」

光:「私はあなたの幸魂・奇魂だ」

大国主命(オオクニヌシノミコト)はこの光の言う通り、この神様を今の奈良県の三輪山に祀り、ともに国造りをしていくのでした。

この物語は、日本書紀の中のもので、ここでは大物主命(オオモノヌシ)とは書かれていません。

しかし、古事記では、この光が「国造りを成就させるために、吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と言います。
この時は、大国主の幸魂・奇魂とは言わず別の神(大物主神)として登場するのです。

いずれにしても、大和の国で大物主神(オオモノヌシ)は三輪山に祀られ、大国主命(オオクニヌシノミコト)と共に国造りの偉業を成し遂げるのです。

おだまきの糸・活玉依姫(イクタマヨリヒメ)と結ばれる

大物主神(オオモノヌシ)は神様であられるので、とても長い間生きられます。

その中でたくさんの恋の話を持っています。
その一つが古事記の中に描かれる苧環(おだまき)の糸という話です。
ちなみに、ここで出てくる活玉依姫(イクタマヨリヒメ)は、神武天皇の母親である玉依姫(タマヨリヒメ)とは別の女性です。

活玉依姫(イクタマヨリヒメ)という乙女がおり、夜になると、とても麗しい若者が乙女のもとを訪ねてきました。

時間が経つと、活玉依姫(イクタマヨリヒメ)は妊娠をします。

活玉依姫(イクタマヨリヒメ)の両親は、どこの誰かもわからない男の素性を調べるために苧環(おだまき)の麻糸を針に通して、その男が来た時に衣の裾に刺せと言います。

その夜、同じように男はやってきてまた翌朝になると帰っていくのでした。

活玉依姫(イクタマヨリヒメ)は翌朝糸をたどって男の居場所を探しに行くと、その糸は三輪山にまで続いていました。

そして、活玉依姫(イクタマヨリヒメ)はその麗しい若者が大物主神(オオモノヌシ)だったと知るのでした。

この物語は、大物主神(オオモノヌシ)があまり出てきませんが、活玉依姫(イクタマヨリヒメ)とその男との間にできた子供を大神神社の初代の神主が意富多々泥古(おおたたねこ)になり、

糸を巻いていた苧環(おだまき)には3勾みわ(3巻き)残っていたことから、この地を三輪・美和と呼ぶようになるといった、大神神社につながるとても大事なストーリーなのです。

丹塗矢伝説・玉櫛姫(タマクシヒメ)/(勢夜陀多良姫セヤダタラヒメ)の物語

玉櫛姫(タマクシヒメ)(=勢夜陀多良姫(セヤダタラヒメ))という美しい乙女がいました。

玉櫛姫(タマクシヒメ)と近づきたいと大物主神(オオモノヌシ)は考えますが、そのころにはたいそう年を取っているので、どう近づこうかと考えました。

そこで、考えた方法が、玉櫛姫(タマクシヒメ)が当時川の上にあったトイレに行ったときに、上流から矢となって流れていき、玉櫛姫(タマクシヒメ)の陰部(昔の呼び名で「ほと」)に突き刺さるというものでした。

そして、実際にそれを実行したところ玉櫛姫(タマクシヒメ)は「ほと」に刺さったきれいな丹塗の矢(朱色の矢)を持ち帰り、床の間に飾りました。

すると、その矢はとても麗しい若者になり、二人は結ばれます。

この間に生まれた子供は、富登多多良伊須須岐比賣命(ホトタタライスケヨリヒメ)という、丹塗の矢が「ほと」に刺さった物語をそのままにした名前を付けられます。

かなり変な名前ではありますが、この富登多多良伊須須岐比賣命(ホトタタライスケヨリヒメ)は後年初代天皇となる神武天皇と結ばれるのです。

ちなみに、名前も後に比賣多多良伊須氣余理比賣(ヒメタタライスケヨリヒメ)に変えます。

この物語は、大物主神(オオモノヌシ)が天皇家と姻戚関係にあることを表し、皇室にもとても大事な神様であることを伝える話です。

ちなみに、この物語は、上賀茂神社で知られる、賀茂別雷神社のご祭神、賀茂別雷大神の生まれる話とほとんど同じであることから、大物主神(オオモノヌシ)は賀茂別雷大神の父という説もあります。
※山城国風土記にある賀茂神話は別の由来の記述があります。

箸墓(はしはか)伝説・大物主神と蛇のつながり

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)と言う姫が大物主神(オオモノヌシ)と婚約します。
※倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は孝霊天皇の娘で皇女である説や、崇神天皇の時代の巫女という説が

この倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は、結婚したにもかかわらず、真夜中の顔が良く見えないときにしかこない大物主神(オオモノヌシ)の顔を見てみたいと伝えます。

大物主神(オオモノヌシ)は「絶対に驚かないことを約束するなら」と言い、姫の櫛の箱の中にいるからあけなさいと言いました。

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は「驚かないこと」を再三念を押されましたが、箱を懸けると、中に小さな蛇が入っており悲鳴を上げ驚いてしまいます。

大物主神(オオモノヌシ)はその蛇の姿からすぐに男性の姿に戻り、「約束を破ったからにはこれからは会うことはできない」と言い三輪山に帰ってしまいました。

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は後悔して、何と箸で自分の陰部を突き刺し自害されてしまいます。

この物語は、三輪山の麓の箸墓古墳の由来とも言われています。

この他にも、大物主神(オオモノヌシ)が蛇に姿を変える話は存在し、蛇の信仰につながるのです。

祟り神として大物主神(オオモノヌシ)が登場する

崇神天皇の御代に疫病が大流行し、多くの民がなくなります。

そんな時、崇神天皇の夢の中で、大物主神(オオモノヌシ)が現れこのようにお告げをしました。

「(この疫病は)私の意志である。もし、我が息子のオオタタネコ(意富多多泥子/大田田根子)に私を祀らせたら、すぐに祟りは静まり国は平穏になるであろう」

このように伝えました。

天皇の側近も同じ夢を見たこともあり、すぐにオオタタネコ(意富多多泥子/大田田根子)を探し出し、三輪山の大物主神(オオモノヌシ)をオオタタネコ(意富多多泥子/大田田根子)に祀らせます。

すると、すぐに祟りは静まるのでした。

この物語を読んで、なぜ大物主神(オオモノヌシ)という神様が祟りを起こしているのか不思議に思ったと思います。

これは、大物主神(オオモノヌシ)に限らず、神様には和魂、荒魂、幸魂、奇魂という4つの魂が宿っていて、一面には、平和や安泰をもたらす一面、もう一面には荒々しい災厄をもたらす面があります。

これは、元々自然崇拝から神様が生まれたことから、
時には恵みの雨でも、時に洪水を引き起こし、時には恵みの態様も、干ばつを引き起こすなど、自然には様々な面があるということを神様に当てはめて、このように表現されていると言われています。

大物主神の正体は?

様々な大物主神(オオモノヌシ)の物語を見ていただきました。

ここからは、大物主神(オオモノヌシ)は実は、他の神様と同一なのでは?と言われていたり、様々ある説について見ていきましょう。

大国主命(オオクニヌシノミコト)説

大物主神(オオモノヌシ)と大国主命(オオクニヌシノミコト)が同一であるというのは、神話のところで見たように、

大物主神(オオモノヌシ)が現れたとき、自らを、

「あなたの幸魂・奇魂だ」と言ったことから言われています。

日本神話が実際に日本であった民族の紛争や統合の歴史を表していると考えると、大物主神(オオモノヌシ)は大国主命(オオクニヌシノミコト)と同じ、当時その地方にいた豪族を表していたのかもしれませんね。

ニギハヤヒ(饒速日命)説

ニギハヤヒ(饒速日命)と大物主神(オオモノヌシ)が同一では?と言われるのは、大国主命が関わっています。

ニギハヤヒ(饒速日命)は様々な文献の中で全く違う描かれ方をしているので、真意は全く不明ですが、出雲の王朝の出とされています。

一説には大国主命(オオクニヌシノミコト)の子として、大和(奈良)に出征をしたともされています。

そういった文献から、ある学者が、ヤマトの地に大きな影響力を持った大物主神(オオモノヌシ)とニギハヤヒ(饒速日命)は同一ではないかと推論をしたことから、この説が生まれました。

天照大神(アマテルオオカミ)と大物主大神の関係

これは、天照大神(アマテルオオカミ)という、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が実は男性神と女性神二つ存在し、天照大神(アマテルオオカミ)が存在したという説、

その天照大神(アマテルオオカミ)はニギハヤヒ(饒速日命)と同一という説があることから、大物主神(オオモノヌシ)と同一説が生まれました。

 

このように、様々な推論が生まれてはいますが、日本の建国にとても尽力された大事な神様であることの裏返しなのかもしれませんね。