春のお彼岸/秋のお彼岸とは|春彼岸と秋彼岸の意味や2019年いつかを解説

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春のお彼岸/秋のお彼岸とは|春彼岸と秋彼岸の意味等解説

春のお彼岸と秋のお彼岸と一年に二度くるお彼岸はお墓参りやお仏壇の掃除をし、先祖供養をする年中行事として知られます。

仏教寺院では春のお彼岸と秋のお彼岸には彼岸会と言う法要をしているのですが、こちらは先祖供養という意味と、お釈迦様の教えの実行を振り返る日とされています。

いずれも仏教色の強い行事ではありますが、そもそも春・秋のお彼岸という行事は仏教行事ではなかったということをご存知でしょうか。

今回は一般に知られる年中行事の春彼岸と秋彼岸に行うべきことについてや、お彼岸という言葉の由来や行事の意味について詳しく解説していきます。

仏教の行事と言うと堅苦しいですが、お釈迦様教えは人として大事なこと・行うべきことをとても簡単に誰でもわかるような内容にしていて、読んでみるだけでもとても面白いものです。

仏教とか興味ないという人でもぜひ最後までご覧ください。

2019年の春のお彼岸(春彼岸)

春のお彼岸とは、春分の日を含め前後3日ずつの計7日間を意味します。

春のお彼岸はいつからいつまでか

2019年の春のお彼岸は3月18日~3月24日です。

ちなみに春のお彼岸がいつからいつまでかは毎年変わります。

これは春のお彼岸の基準となる国民の祝日である春分の日が年によって変化するためです。

春分の日は元々二十四節気という一年を24の季節に分けた中の春分という節気が始まる日を意味していました。

この二十四節気は太陽の動きによって日が決まるため、現在でも国立天文台が観測した結果、一年後の春分の日をいつにするかを官報に掲載することによって決定します。

春分の日についてはこちらで詳しく解説しています。

春分の日とは(2019年は3月21日)|お彼岸の意味や祝日となった由来を解説

春彼岸の中日と春分の日

春のお彼岸のちょうど真ん中が春分の日となりますが、この春彼岸の真ん中の日を「春彼岸の中日(ちゅうにち/なかび)」と呼びます。

後程春のお彼岸に行うことについてはご紹介いたしますが、春彼岸の中日の前後にお墓参りをするのが一般的とされます。

ちなみに春分の日が現在国民の祝日となっているのは、戦前に行われていた宮中祭祀の一つ「春季皇霊祭」で祝日となっていた名残が残っているためです。

この「春季皇霊祭」が行われていることと春のお彼岸にお墓参りに行くことにはつながりがあります。
このことは後程ご紹介いたします。

春彼岸の期間の意味(秋彼岸も同じ)

春彼岸も秋彼岸もですが、それぞれ7日間が彼岸の期間とされています。

この春彼岸の期間は仏教由来の意味を持っています。

7という数字に意味があるのではなく、春彼岸の中日を除いた6日という期間に意味があります。

この6日間という数字は、お釈迦様が悟りの境地(涅槃寂静)に至るのに必要な六波羅蜜という6つの重要な行動に由来しています。

六波羅蜜とは、

  • 布施(ふせ):人のために善行すること。ほどこすこと。
  • 持戒(じかい):自らを戒め生活すること。つつしむこと。
  • 忍辱(にんにく):困難に耐えて生きること。しのぶこと。
  • 精進(しょうじん):最善を尽くし努力をし向上心を持ち続けること。はげむこと。
  • 禅定(ぜんじょう):心を落ち着け、動揺しないこと。しずけさを保つこと。
  • 智慧(ちえ):心理を見極め、真実を見抜く心眼を養い知恵に溺れないこと。学ぶこと。

この六つを意味しています。

春・秋のお彼岸とこの六波羅蜜がなぜつながるのかについても後程詳しく解説いたします。

春彼岸の入り/明けの意味

春彼岸の入り/明けという言葉は、春のお彼岸の最初の日と最後の日を意味します。

2019年の春彼岸の入りは3月18日、春彼岸の明けは3月24日になります。

2019年の秋のお彼岸(秋彼岸)

秋のお彼岸とは秋分の日を含め前後3日ずつの計7日間を意味します。

秋のお彼岸はいつからいつまでか|秋彼岸の期間

2019年の秋のお彼岸は9月20日~9月26日になります。

秋彼岸の期間も春彼岸と同じく、秋分の日がずれると年によってずれます。

秋分の日も春分の日と同じように、毎年国立天文台が2月1日に発表する官報によって翌年の秋分の日が決定されます。

秋分の日.2019年は9/23|秋分はいつになるかの決め方や彼岸のお墓参りの意味

秋彼岸の中日の秋分の日

秋のお彼岸の中日に当たる秋分の日も、現在国民の休日となっていますがこちらもこの日に行われる宮中祭祀の「秋季皇霊祭」に合わせて戦前まで祝日とされていたことの名残です。

ちなみに、春季皇霊祭・秋季皇霊祭はいずれも今も皇居の皇霊殿にて行われています。

秋彼岸の入り/明けの意味は同じ

秋彼岸の入り、秋彼岸の明けは春彼岸の時と同じく、彼岸の期間の最初の日と最後の日を意味します。

2019年の秋彼岸の入りは9月20日、秋彼岸の明けは9月26日に当たります。

春のお彼岸の行事や春彼岸の食べ物など

春のお彼岸にまつわる行事や食べ物などについてご紹介いたします。

春のお彼岸の期間にお墓参り

春のお彼岸の間はお墓参りをして、お墓の掃除をし先祖供養をする

これが最も広く知られる春のお彼岸の行事でしょう。

春のお彼岸-秋のお彼岸-春彼岸-秋彼岸 墓参り

ただし春彼岸へのお墓参りは宗派など家の慣習で行わない場合もあります。

お墓参りをする際は、特に普段のお墓参りと違うことをするわけではなく、普段通り、お供え物を持って、お線香を上げに行きます。

春のお彼岸にお仏壇の掃除やお供えも

春のお彼岸はお墓参りに加え家のお仏壇や仏具の掃除をし、お菓子などのお供えをするということも行われます。

お墓参りに行きお墓の掃除やお供え物を捧げることも、お仏壇の掃除やお供えすることも同じく先祖供養の意味を持ちます。

お仏壇にお経を毎日唱えているような家でしたら、一応春のお彼岸のお供え物のぼたもちなんかをお供えすると季節感があって良いですね。

春のお彼岸のお供え物の「ぼたもち」

春のお彼岸にお墓やお仏壇にお供えするものの定番は「ぼたもち」です。

この「ぼたもち」という和菓子は、「おはぎ」と一般的に呼ばれるあんこでお餅を包んだものです。

春彼岸の「ぼたもち」と秋彼岸「おはぎ」という呼び方はそれぞれの季節の代表的な花である牡丹と萩にちなむとされます。

ぼたもちは漢字表記で「牡丹餅」

おはぎは漢字表記で「御萩」と表記します。

現在では厳密に区別されず春彼岸のお供え物としても「おはぎ」と販売する和菓子屋さんもあります。

ぼたもちとおはぎは”粒あん”か”こしあん”かの違いがあるなど言われますが、元来は日本の農耕にまつわる行事で神様にお供え物に使われた同じ起源をもつものとされます。

寺院では春彼岸の期間に法要を

春のお彼岸には寺院にて「彼岸会・彼岸の法要」が行われます。

寺院によって春のお彼岸の期間である7日間行うところもあれば、春彼岸の中日に行うところと様々です。

この彼岸会という法要は、お釈迦様の教えを改めて振り返り、自らの行動がどうだったのかを反省する日とされます。

法要に行かないでも、仏教の教えとしては、春のお彼岸や秋のお彼岸に六波羅蜜という仏教の最終目標の悟りの境地に至るための行動指針を考え、自らの行動を振り返り、実践を行う期間であるべきと教えます。

寺院によっては先祖供養の法要を行っているそうです。

ここで疑問を持たれた方もいるかもしれませんが、お墓参りや仏壇を掃除してご先祖様の供養をするとされる春・秋のお彼岸が、寺院では先祖供養の行事ではないと考えるのです。(寺院や宗派によって先祖供養の法要と考える場合もあります)

春のお彼岸の時期にお供えの花や旬の花

春のお彼岸でお墓参りやお仏壇にお供えするべき花というのは特に決まりはありません。

以下の避けるべき花を除けば、故人が好んだお花や季節の旬の花をお供えするのが良いとされます。

お墓や仏壇の供花に避ける花
  • トゲを持つ花:バラ等
  • ツルがある花:スイートピー等
  • 毒がある花:彼岸花等
  • 香りが強い花:ユリ等

ちなみに春彼岸の時期に旬を迎える花は、桜や桃を筆頭に、チューリップやカーネーションなどの春を思わせる花が多く咲いてくる時期です。

お供えのお花などはそういった春彼岸の時期の旬の花でも良いですので、ご参考にしてみてください。

春彼岸は俳句の季語に

春彼岸は春の季語であることはわかると思いますが、「彼岸」という言葉も春に属します。

秋のお彼岸の季語には「彼岸」は使いません。

従って、彼岸中日や彼岸入り(入り彼岸)などの季語も春の季語となります。

秋のお彼岸に行うことや秋彼岸の食べ物など

秋のお彼岸に行うことなどは、基本的に春のお彼岸と似ています。

秋のお彼岸の期間もお墓参り

秋のお彼岸もまたお墓参りをして先祖供養をする期間だとされます。

後程詳しく見ますが、秋のお彼岸は「彼岸花」という季節の花も咲くことから、子供のころなど「あの世」を連想させる話を聞いたことがあると思います。

このお彼岸の期間とあの世という考え方は実際関係があって、後述しますが、春分や秋分の日の太陽の動きはあの世が近くなると考えるようになるのです。

また、秋のお彼岸もお墓参りだけでなく仏壇のお掃除をして先祖供養をします。

ちなみに、国民の祝日はそれぞれに定義があるのですが、

秋分の日は「祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ」日であるのに対し、

春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日とされています。

秋彼岸の期間にも寺院では彼岸会

秋のお彼岸でも寺院で彼岸会が行われます。

秋彼岸の期間も同じく自らの行動を反省し、お釈迦様の教えを正しく行動に移す期間とされます。

ちなみに彼岸会等の法要に参加する場合は、お布施を持って行くのが礼儀となっています。

大体3000円や5000円が相場だそうです。(のしはお布施と表記です。)

秋のお彼岸の時期に旬の花

秋のお彼岸の時期に旬を迎える花は菊、彼岸花などこちらもたくさんの種類が挙げられますが、彼岸花は先ほどご紹介した通り、毒があるはなですのでお供えのお花には良くないとされます。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言い、春分と秋分の日がそれぞれ昼と夜がちょうど半々になり、気温が落ち着き出す時期ですので、この時期は行楽日和であれば、お墓参りなどもいいですし、旬の花を見に行くのも良いですね。

秋彼岸と俳句の季語

秋彼岸は先述の通り、秋の季語ですが、彼岸単体は春の季語になります。

秋彼岸の代わりには後の彼岸という言葉があります。

ちなみに、「うまさうに見れば彼岸の燒茄子」という正岡子規の句がありますがこちらは秋の句として有名です。

秋のお彼岸のお供え物の定番「おはぎ」

さて、春のお彼岸のぼたもちのところでおはぎとぼたもちの違いについて述べましたが、この一般におはぎと呼ばれる和菓子が春彼岸や秋彼岸にお供えされるようになった理由をご存知でしょうか?

おはぎのあんこは、古くから色が朱色・赤色であることから魔・邪気を払う効果があると言われていて、縁起が良いとされます。

さらにこのおはぎがお供えされるようになった由来は、春のお彼岸と秋のお彼岸の由来となる日本古来の習慣によります。

春のお彼岸と秋のお彼岸の意味や由来

春のお彼岸と秋のお彼岸の行事や食べ物などについては簡単に解説いたしましたが、おはぎを春彼岸と秋彼岸にお供えする理由である日本の信仰の歴史や、春のお彼岸と秋のお彼岸の由来となる仏教の教えについて詳しく解説していきます。

お彼岸の意味

お彼岸という言葉の意味は「あの世」のことで、亡くなった方が成仏して行く場所とされます。

本来の意味は仏教の目標である「悟りの境地=煩悩(欲望)に悩まない苦しみのないの境地」を意味したのですが、日本では成仏した人が向かう場所となりました。

ちなみに、私たち生きている人達が生きる世界を此岸と言い、この此岸と彼岸の間には三途の川が流れていると考えます。

お彼岸が春分/秋分の日前後になった理由

あの世を意味するお彼岸が、なぜ春と秋になったのかというと、春分の日と秋分の日は太陽が真西に沈むことが関係しています。

仏教では、仏様がいらっしゃる極楽浄土という世界が西にあるという考えます。この極楽浄土は西方浄土とも言われます。

この極楽浄土のある真西に太陽が沈む春分の日と秋分の日は、極楽浄土(彼岸)がこの世(此岸)と最も近くなるとして、極楽浄土に思いを馳せるのに良いと考えるようになったことから、春分の日と秋分の日前後にお彼岸がやってきたのです。

ちなみになぜ西に仏様のいらっしゃる世界があると考えるようになったのかというと、お釈迦様が入滅される時に西を向いていたことに由来するなどの説があります。

この極楽浄土という世界は、本来は悟りを開いた人が向かう「彼岸」だったのですが、日本では極楽浄土は死んだ人が向かう先と考えられるようになったことで、あの世(彼岸)にいらっしゃるご先祖様をご供養するのに春・秋のお彼岸が適しているとなったそうです。

また、東に此岸があり、西に彼岸があって、真東から昇り真西に沈む春分と秋分はそれらの世界が近づくとも言われていたり、春分と秋分には昼と夜の長さがちょうど同じ、中間になることから中道という仏教の最も基本的な教えの一つを表すことなどもお彼岸の由来に言われます。

ここまでは仏教の側からのお彼岸の解説です。

冒頭でご紹介した通り、そもそもこの春のお彼岸と秋のお彼岸に先祖供養でお墓参りやお仏壇におはぎをお供えするというのは日本だけの行事で他の仏教が信仰される国では全く見られないというのはご存知でしょうか。

つまり仏教的行事ではなかったのです。

しかもお釈迦様は亡くなった人を供養しなさいなどという教えを残していません。

それではなぜ日本ではお彼岸にお墓参りをするのか、それはおはぎをお供えする由来に関わります。

春彼岸も秋彼岸も元は日本の祖霊信仰が由来説

祖霊信仰と言うと、難しくなりそうですが、簡単に言うと日本では元々亡くなった人達、ご先祖様たちは私たちを見守ってくださっているという考えがあってこれがお彼岸の由来となるということです。

昔々の日本人はご先祖様は山に行かれて、春田んぼや畑を耕し始める時期にやって来ると考え、そのご先祖様や神様にお供え物をしてその年の豊作を願いました。

そして秋にもご先祖様や神様はやってきて、収穫・豊作への感謝にお供え物をするという文化があったそうです。

春のお彼岸と秋のお彼岸の大元は農作が始まる時期と終わる時期に行われていた日本独自の豊作を願う・感謝する行事に由来すると言われます。

春彼岸と秋彼岸のお供えのお菓子がおはぎの理由

おはぎが春彼岸と秋彼岸にお供えされる理由も、この豊作を願う・祈るためにお米から作ったお餅をお供えするようになったのが起源だと言われます。

春と秋にやってこられるご先祖様に祈り、見守っていただいた感謝をするため、収穫物から作るお餅をお供えしていた名残が、今のお彼岸につながっているとされます。

大事な食物をささげていたものの名残がおはぎですので、お墓参りなどでお供えしたものも帰る際は持って帰ってしっかり食べるのが良いです。

神仏へのお供え物をいただくことは、神仏につながることと考えられています。

ちなみに宮中祭祀の春季皇霊祭と秋季皇霊祭は皇室の祖霊をお祀りする行事ですが、中身は日本全体の繁栄を祈り、感謝をささげる日とされます。

私たちがご先祖様に私たちの生活を見守っていただいていると考えるもののより大きなスケールといえますね。

お彼岸が仏教行事となった理由

さて元々農耕に関わる日本独自の祖霊信仰の行事が、なぜ仏教につながったのかと言う理由についてです。

これは日本の民俗学の大家である柳田國男によると、この豊作を願う神様も先祖の霊が元であると考えるそうです。

つまり元はなくなった人達が浄化され神様になると考えるという説なのですが、日本の神道では人の死は不浄であり忌むものです。

今でも忌中は神社に行ってはいけないとか、お墓参りの後に神社の参拝は良くないと言われますが、死んだ人達の供養は神道ではあまり深く行われていなかったのです。

そこに日本に後からもたらされた仏教がうまく入り込んだとされるのです。

神道では取り扱うことがなかった死というものを、日本の仏教が扱うようになるのです。

日本で亡くなった人は「仏」と言われますし、亡くなること「成仏」と言いますが、これは世界的に見ても日本だけの独特なことなのです。

死を取り扱うようになった仏教が、先祖供養の働きをするようになり、日本の祖霊に豊作を願い・祈った行事はお彼岸という仏教用語で表現され、仏教行事となっていくのでした。

お盆もお彼岸同様仏教行事ではなかった

ちなみに、お盆という行事も元々は神道(祖霊信仰)が元にあって、のちに仏教の盂蘭盆会という行事と交わり仏教的な行事になります。

そもそも今では神様と仏様は神社とお寺で分けられていて、神道と仏教と二つの宗教となっていますが、ほんの150年ほど前までは明確な区分はなく、神道も仏教も混ざり合った「神仏習合」と呼ばれる時代があったのです。

明治時代の神仏分離令の影響で現在のように区別され、さらに宗教として確立していくようになるのですが、元々は神道と仏教は私たちの生活に密着した習慣のようなものだったのです。

神仏習合神仏分離令についてはこちらで詳しく解説しています。

神仏習合とは(=神仏混淆)|歴史・現在も影響の残る神社寺院の例をご紹介

神仏分離令とは|神仏分離の目的や廃仏毀釈等への影響をわかりやすく解説

春のお彼岸と秋のお彼岸の仏教のお話

最後にお彼岸の意味について、もう少し仏教の側から詳しく解説します。

お彼岸の意味は「悟りの境地(日本ではあの世)」になるとご紹介しました。

このお彼岸という漢字は、元々仏教が生まれたインドで使われていたサンスクリット語の「パーラミター」という言葉が由来です。

このパーラミターは「波羅蜜多(はらみた)」と訳されたり、「到彼岸」と訳されます。

どちらも「悟りに至ること」を意味する言葉で、パーラミターの音を漢字に当てると波羅蜜多に、意味でとらえると到彼岸となったのです。

元々の仏教の教えでは、この彼岸(悟りの境地)に到達するために、六波羅蜜という重要な6つの行動指針を守りましょうと言います。

お彼岸が7日間になった「六波羅蜜」がやっと出てきました。

ご先祖様をご供養することも大事ですが、寺院の春と秋のお彼岸にしている彼岸会では、仏様がおられる極楽浄土を思い、極楽浄土という悟りを開いていくことができる世界に行くために六波羅蜜ができているのか普段の生活を見直して、正しい行動をしましょうと言います。

それはお彼岸の語源のパーラミターという目標のためなのです。

ちなみに、中国で日想観(じっそうかん)という太陽が沈むその姿に極楽浄土を見ようという修行があります。

これは日本にも伝来し、四天王寺が春分と秋分の日に門を夕日が通って沈むようになっていてそこに極楽浄土を見ようとしたとされるなどにこの修行法が伝わっていたことも、お彼岸につながったとも言われます。

彼岸は「日願」に通じる

さらに、別の説で、日本の太陽信仰(初日の出を拝む等にみられる)由来、もしくは上記で見た日想観由来とする太陽に願うという信仰の姿が、「日願」と呼ばれ、彼岸につながったとも言います。