八部衆(天龍八部衆)とは
八部衆とは、天龍八部衆(天竜八部衆)とも言われ仏教の守護神です。
仏様・仏法を守護する神や龍、鬼
八部衆は元々はインドで仏教が成立する前から存在していた、インド神話や地域信仰の中の神様・龍、鬼、その他様々な存在が由来となります。
仏教の教えでは八部衆という外来の神様や龍、鬼などは、仏教の教えに帰依し、仏教を守護することを約束した存在(=護法善神)として描かれます。
例えば、梵天というインドのバラモン教(ヒンドゥー教)の神は釈迦の悟りを得るための修行を応援し、悟りを得た釈迦に人々を導くように願ったという逸話もあります。
梵天についてはこちらで詳しく解説しています。
梵天とは|仏教の始まり[梵天勧請]の意味や真言・帝釈天と仏像の解説
またインド神話では夜叉・羅刹と呼ばれる人々を苦しめたり、食べたりしていたという鬼も仏教の教えを説かれ、仏教に帰依し、元々は厄災の象徴だった存在も、仏教の元においては福をもたらしてくださる福徳神となったという話もあります。
元々は鬼で怖い存在として描かれ、今では福の神としてご利益がすごいと有名な神様には、お稲荷様と呼ばれ信仰されるダキニ天(荼枳尼天)がいます。
ダキニ天(荼枳尼天)についてはこちらで詳しく解説しています。
ダキニ天(荼枳尼天)とは|ご利益や祟り/怖いと呼ばれる理由を解説
このように、八部衆は元々は仏教の中の存在ではなかったものが、仏教に取り入れられて信仰の対象や、仏教の守護神として仏像などで表現されるようになります。
八部衆は法華経や金光明最勝王経という経典に詳しくその姿や逸話残っています。
また、有名な逸話では釈迦が「法華経」の説法を行った際、梵天や帝釈天、八大竜王などの龍衆などがその説法を聞いたという話も残っています。
仏像で描かれる八部衆
八部衆(天龍八部衆)は上記で見たように天部(神様)や龍の部族、鬼、動物神など仏法を守護し、私たち衆生に福(現世利益)を与える存在を総称する言葉です。
一方で、興福寺に代表される仏像で描かれる八部衆は、釈迦如来の眷属(けんぞく)として表現され、釈迦如来の守護、仏法の守護をする8柱の神として描かれます。
似たような存在では、薬師如来を守護する十二神将(こちらも鬼などが仏教に取り入れられて守護神に)や千手観音菩薩を守護する二十八部衆がいます。
八部衆と二十八部衆は別
ちなみに、八部衆の中には、二十八部衆に属する神もいるのですが、八部衆と二十八部衆は別の存在です。
八部衆(天龍八部衆)を構成する天や龍など
八部衆(天龍八部衆)を構成する存在を詳しく解説します。
その前に、理解を深めるために簡単に仏教の世界観をご紹介します。
八部衆と仏教の世界観
八部衆は仏教の世界では天部というグループに属します。
仏教では、悟りを得た最も崇高な存在である仏=「如来」という存在と最高位に、
「悟りを求めるもの」の意味を持ち、如来になる修行をしながら私たちを守護、ご利益を授けてくれる「菩薩」
如来だけでは救いきれないために、如来の化身として厳しさを持って衆生を見守る存在の「明王」
仏様や菩薩を守護し、仏教の教え自体も守護する存在であり、如来や菩薩、明王よりも衆生(人々)に近い存在としてご利益をくださる「天部」というグループが存在します。
八部衆はこの天部というグループに属するのですね。
天部を代表する存在は、四天王という守護神の側面が強い武将の姿をする神様や、四天王の一柱の毘沙門天や歓喜天など福徳神として信仰の対象として拝まれる神様がおられます。
天部について詳しくはこちらで解説しています。
天部とは|仏教の守護神、天部衆の神様の種類や信仰,有名な仏像を紹介
それでは、八部衆のそれぞれについて詳しく解説して行きます。
天衆
天衆は、天部に属する神様達「天」のことです。
サンスクリット語でDeva(デーヴァ)という神を意味する存在で元はインド神話の中などで描かれる神様などです。
龍衆
龍衆は、八大竜王に代表される龍族を意味します。
竜宮城という水中に住んでいて、水の神としてインドで古来からあがめられるサンスクリット語でNaga(ナーガ)という龍を意味する存在が仏教に取り入れられています。
インドの龍の像は中国や日本で描かれる龍の像とは違うようですが、日本でも龍神信仰と習合します。
仏教においては、四天王の広目天という神様の配下にいて仏教を守護するとされます。
阿修羅衆(あしゅら)
阿修羅は歴史の教科書でも見たことがある、三面六臂(3つの顔に6つの手)で描かれる闘争を繰り返す存在です。
古いインド神話で描かれるAsura(アスラ)神という善神だったのですが、インド神話において、雷神インドラ(仏教における帝釈天)と闘争する魔族のアスラという設定が仏教に取り入れられます。
常に闘争を続け、倒れてもすぐに立ち上がり戦いをつづける存在として阿修羅は描かれます。
しかし、仏教においては仏様を守護し、ご利益をくださる存在として説かれています。
夜叉衆(やしゃ)
夜叉はインド神話において悪鬼として描かれる危険な存在でした。
サンスクリット語でYaksaとして描かれます。
しかし、如来やその他天部の神の説得によって仏法に帰依するようになり、仏教を守護し、人々に福を与える護法善神となります。
夜叉として描かれ、仏教において神様となった存在で有名なのはダキニ天(荼枳尼天)や吉祥天の母親の鬼子母神(きしもじん)などがいます。
また、薬師如来の守護神となる十二神将も夜叉から守護神になったものが描かれます。
神様として描かれない鬼たちの中にも、四天王の多聞天の配下となり、仏教を守護する存在で描かれます。
迦楼羅衆(かるら)
迦楼羅はインド神話に描かれる、龍を食べる伝説の鳥Garuda(ガルダ)を由来とします。。
鳥と言っても経典の中に描かれる姿は336万里(中国の寸法で17億mのサイズ、日本ならその8倍)という巨大な鳥です。
後程迦楼羅像の画像もご紹介しますが、とてもかっこよく描かれる存在です。
乾闥婆衆(けんだつば)
乾闥婆はインド神話の中で、インドラ(仏教では帝釈天)の配下として描かれる半神半獣の音楽を司る神様(Gandharva)です。
仏教においては、四天王の持国天の眷属として描かれていて、仏法の守護をしています。
緊那羅衆(きんなら)
緊那羅は人非人という存在で、人にも畜生(動物)にも当てはまらない半身半獣の音楽神Kimnaraとしてインド神話では描かれています。
仏教においては、帝釈天の眷属とされます。
摩睺羅伽衆(まごらが)
摩睺羅伽もまた龍の種族のサンスクリット語でMahoragaを仏教に取り入れた存在で、蛇頭を持った姿とされます。
龍衆(Naga)との違いは、龍の由来となる蛇の姿が、龍衆(Naga)がコブラのように頭が広がる像で描かれ、摩睺羅伽(Mahoraga)は一般的な蛇の姿が神格化されたとされます。
十二神将の摩虎羅(まこら)大将と由来が一緒で、千手観音菩薩を守護する二十八部衆の中でも描かれます。
以上が八部衆という天部に属する仏教を守護する様々な神様達でした。
ここからは、国宝の興福寺の八部衆立像についてご紹介します。
八部衆と言えば、興福寺の八部衆立像というほど有名な像ですが、興福寺の八部衆立像は上記で見た衆とは名前が変わります。
そのあたりも詳しく解説いたします。
興福寺の乾漆八部衆立像(画像付き)
興福寺の八部衆立像は、日本では数少ない八部衆を描いた像です。
日本で最も有名な仏像の一つの阿修羅像に代表される、奈良時代の仏像の傑作です。
元々は天平6年(734年)に創建の西金堂の本尊である釈迦如来像の周りに釈迦の十大弟子像とともに配置されていました。
乾漆造という奈良時代の仏像作成技法を持って作成されていて、制作は仏師将軍万福(まんぷく)と画師秦牛養(うしかい)によるものと記録が残ります。
1300年を超えた今でも褪せない美しい造形と臨場感を持つ仏像です。
どの像も洲浜座(すはまざ)という台の上に直立している点は同じで、あとはそれぞれの八部衆立像に特徴があります。
それらについてご紹介していきます。
阿修羅(あしゅら)
細い体躯に端正な顔立ちをし、仏像好きの人ではイケメンと呼ばれる阿修羅像は、興福寺の八部衆立像の一つです。
像高は153.4cmで、他の像とは違い半裸でサンダル(板金剛)を履く姿は八部衆立像の中でも異彩を放っています。
ペルシャ(イラン)のあたりでは、太陽神として信仰されてきた恵みをもたらす神で、インドでは戦闘に明け暮れる魔神、仏教では護法善神として描かれる阿修羅は、興福寺の八部衆立像においては、端正な護法善神の神の姿で見られます。
八部衆立像 阿修羅像の画像
興福寺の乾漆八部衆立像の阿修羅像の画像です。
迦楼羅(かるら)
八部衆立像の中でも鳥頭の姿で異彩を放つ迦楼羅像も有名です。
金翅鳥(こんじちょう)とも言われる迦楼羅は、悪を滅し、幸福をもたらす神様として仏教では描かれます。
像高は149cmで頭が鳥で鎧をまとい、スカーフがひらめくきれいな見た目です。
八部衆立像 迦楼羅像の画像
興福寺の八部衆立像の迦楼羅像の画像です。
五部浄(ごぶじょう)
興福寺の八部衆立像の五部浄は、八部衆の中の天を意味する神様です。
五部浄像は胸から上のみが現存していて、全体がどのような姿であったのかはわかりません。
五部浄像は頭に象の被りものをしています。
像高は50cmです。
八部衆立像 五部浄像の画像
五部浄象は端正な顔に象の被り物をしている不思議な姿です。
沙羯羅(さから)
沙羯羅像は八部衆における「龍」に当たる仏像です。
仏教の龍を表現する仏像は、人の姿に頭頂部に龍や蛇をあしらうものがほとんどで、興福寺の八部衆立像の沙羯羅も同じ象用です。
像高は154.5cmです。
八部衆立像 沙羯羅像の画像
頭頂部の蛇をあしらいと少年の顔をしているところに特徴が見られます。
鳩槃荼(くばんだ)
鳩槃荼は八部衆における夜叉に相当します。
鳩槃荼としては四天王の増長天の眷属ですが、夜叉として多聞天の眷属とも言われます。
見るからに鬼とわかる顔は仏法を侵す悪を退ける意思を感じます。
像高は150.5cmです。
八部衆立像 鳩槃荼像の画像
見るからに悪鬼の顔をしていますね。
乾闥婆(けんだつば)
乾闥婆は帝釈天の眷属として音楽を司る神とされます。
又は天界の酒の神ソーマの番人とも言われます。
像高は148cmで、半神半獣の姿を頭にかぶる獅子で表現しています。
顔はとても静かに目をつむる少年のような穏やかな顔をしています。
八部衆立像 乾闥婆像の画像
とても1300年が過ぎたとは思えない涼しい姿ですね。
緊那羅(きんなら)
緊那羅像は人ではない、動物でもない、何かというものを表現するように、角を持ち、額に第三の眼を持ちます。
像高は152.4cmです。
八部衆立像 緊那羅像の画像
畢婆迦羅(ひばから)
畢婆迦羅は八部衆の中では摩睺羅伽に当たる像です。
ニシキヘビを神格化したとされる摩睺羅伽ですが、音楽を司る神なので、唐風の武将姿ではありますが、落ち着いた雰囲気を醸しています。
像高は155.4cmです。
八部衆立像 畢婆迦羅像の画像
ひげを蓄え、眼を閉じ落ち着いた姿をされていますね。
八部衆像が見られるところ
八部衆立像は仏教が日本に伝来してすぐの時代に作成されたのですが、その後は作成された様子がほとんどありません。
そのため、有名な八部衆像を見られるところは2カ所です。
興福寺(奈良県)|八部衆立像
今回八部衆立像の画像でもご紹介した、奈良県の興福寺は八部衆立像で最も有名な寺院です。
国宝指定される乾漆八部衆立像はずっと昔の作成とは思えない表現力で当時の技術の高さを感じます。
興福寺には他にも四天王像や十二神将像など、仏像がたくさんありますので、興味がある方はぜひ一度見にいってみてください。
現在は興福寺の国宝館にて見ることができます。
参考:興福寺 乾漆八部衆立像
法隆寺(奈良県)
数少ない八部衆像が見られる法隆寺ですが、こちらは興福寺のような大々的な八部衆像が見られるのではなく、法隆寺の五重塔の初層北面に描かれた釈迦涅槃像の中で見られます。
八部衆像としてではないのであれば、凶との三十三間堂にある千手観音菩薩を守護する二十八部衆立像に八部衆の神々が見られます。
三十三間堂の二十八部衆は仏像美術が盛り上がった鎌倉期の作ですので、とても躍動感がある作ですのでぜひ興福寺の八部衆立像との違いを楽しんでみてもらえたらと思います。
参考:三十三間堂