十二神将とは|干支や国宝十二神将像等を解説
十二神将とは仏教における天部という神のグループに属す守護神です。
元は仏教の敵となる夜叉・羅刹(鬼)や悪魔と言う存在でした。
今回は、そんな鬼や悪魔だった十二神将がどうして仏教の神となり、仏様や仏教の教え(=仏法)を守護する存在になったのかや、
国宝にも指定される仏像もある十二神将像の見どころ、見るべきお寺をご紹介します。
十二神将のお役目
十二神将と言うと、陰陽師の祖である安倍晴明が使う式神の十二天将のことも意味しますが、今回は仏教の守護神の十二神将のみを解説します。
十二神将は薬師如来様のご守護
十二神将の役目は「薬師如来」という仏様のご守護です。
薬師如来という仏様は薬壺を持ち、特に病気平癒や健康長寿、厄除けなどの現世利益をもたらしてくださり、人間を含む衆生を救済する存在です。
仏教の世界で至高の存在である「如来」の一角の薬師如来を守護する存在が十二神将なのです。
なぜ「12神将」という数字なのかというと、薬師如来が「12の誓願」を立て、衆生の救済を行っていることから由来しています。
これらの12の誓願に応じて現れる分身が十二神将だと言われています。
薬師如来の十二の願い
第一大願 | 光明普照 | 世界中(三千世界)を自らの体から発する光明で照らし、三十二相八十随好で身を荘厳として、あらゆる人を悟りに導く |
第二大願 | 随意成弁 | 瑠璃のように清らかで透き通る光で、世界のあらゆる暗闇を照らし、人々が思うように仕事に励めるようにする |
第三大願 | 施無尽仏 | 智慧の救いのために、人々が必要とするものは、すべて施す |
第四大願 | 安心大乗 | 道を外れ邪道を行くものを正しい仏の道を行けるように正し、声聞/独覚(意約:まずは自分の悟りを求めること=小乗)がいたら、大乗の法の中に安住させる |
第五大願 | 具戒清浄 | 戒律を破ったものも、薬師如来の名を聞いて、一所懸命に念じれば清浄に還り、悟りに至るように救う |
第六大願 | 諸根具足 | 身体的な苦悩(生まれつきの障害や病苦)は薬師如来の名を聞いて、心から念ずれば治癒する |
第七大願 | 除病安楽 | 貧困・困窮をし、病苦に苦しむ時も薬師如来の名を聞けば、病苦を取り除き、貧困からも救い悟りに至るように救う |
第八大願 | 転女得仏 | 女性が苦しみ、男性になって悟りを得たいのであれば、一所懸命に念ずればその願いを叶える。 ※仏教の世界観での男女の考え方から由来する誓願です |
第九大願 | 安心正見 | 精神的な苦しみや煩悩によって見えなくなっていても、それらの魔を取り除き悟りに至るように救う |
第十大願 | 苦悩解脱 | 国の重圧などに苦しむ人々の苦しみを取り除く |
第十一大願 | 飲食安楽 | 飢えや渇きといった苦しみから救う |
第十二大願 | 美衣満足 | 生活の困窮から、衣服が無く、虫や気温によって苦しむ時、薬師如来の名を聞き、一所懸命に念ずれば救う |
十二神将と仏教の世界観
十二神将は薬師如来の守護をする神様とお伝えしましたが、神様が仏様を守護する?と疑問に思われる方もいるかもしれません。
十二神将をさらに理解するためにも仏教の世界観を詳しく解説いたします。
十二神将は四天王等と同じ天部
十二神将は仏教の世界で、天部という神様の分類に属します。
仏教の世界では、
- 如来(=仏様)
- 菩薩(=悟りを求めて守護する存在。仏様になる修行中)
- 明王(=如来の化身で、道を外れるものなどを厳しく、優しく正す)
という存在に次いで、天部という神様が存在します。
天部の神々には、四天王等「護法善神」と言われる仏教を守護する神々がいますが、十二神将も同じくくりに当たります。
天部という存在についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
天部とは|仏教の守護神、天部衆の神様の種類や信仰,有名な仏像を紹介
十二神将は元々鬼など仏教の敵
十二神将は実は元々は仏教の敵となる存在だった鬼や悪魔というものもいると冒頭でご紹介しました。
これらの鬼や悪魔は、元々仏教が生まれたインドの神話(バラモン教やヒンドゥー教)の中で描かれていたり、インドの諸民族の中の信仰にいたとされる存在です。
仏陀が悟りを得て、仏教の教えを説く中で、インド神話に出てくる神様や夜叉(鬼)や悪魔は、仏様の教えを聞いたことによって調伏され改心し、仏教に帰依するようになったのだと説きます。
鬼や悪魔などの悪の存在ですら、仏様の尊い教えに感服するのですね。
ちなみに、夜叉(鬼)から心を入れ替えて、仏法の守護神になり、さらには人々に福を与える存在になったダキニ天(荼枳尼天)という神様もいます。
十二神将の名前や干支など特徴
十二神将は「十二夜叉神将」や「十二神明王」などとも言われますが、属する12の神将は変わりありません。
十二神将にはそれぞれ、7000人の眷属(部下)で構成される軍隊を持っており、全体で8万4千の軍団で薬師如来を守護しています。
十二神将は薬師如来のご誓願の分身とされますので、拝むとご利益にあずかれると言われます。
以下のような現世利益(私たちの生活に密着したご利益)があると言われます。
- 身体健全
- 病気平癒
- 災難除去
- 延命長寿
それでは、各十二神将ついて詳しく解説していきましょう。
十二神将の干支は正しくは十二支
まず、十二神将をご紹介する前に、簡単にそれぞれの大将に関わる干支についてご紹介します。
干支と言っても、正しくは十二支のことを意味します。
干支と言うと、十干十二支を意味します。
私たちになじみのある動物は十二支のことで、十二神将ではそれぞれに十二支を割り振られていて、像にも十二支の動物がいるものもあります。
十二神将と干支の関係
十二神将と干支が関連して考えられるようになった明確な起源ははっきりしません。
一般的には、仏教が中国にもたらされた際、薬師如来を12の方位から守護する12神将が、12支と関連付けられたとされます。
ちなみに、十二神将と干支の関連付けはあいまいなもので、十二神将の仏像によって対応する動物が変わります。
今回は、日本最古の十二神将像がある新薬師寺や、興福寺にて、十二神将に対応した十二支をご紹介します。
十二神将の写真画像は、著作権法において保存期間の過ぎたものを利用していますので、一部ないものもありますがご了承ください。
毘羯羅(びから/びきゃら)大将(子神)|荒々しい十二神将
(新薬師寺 十二神将像 毘羯羅(びから/びきゃら))
インドの神(梵名:ヴィカラーラ/ドゥルガー)が由来となる女神。
ドゥルガーはシヴァ神の后で、戦いの女神とされ、「近づきがたいもの」という意味を持ち、インド神話では阿修羅の由来となる魔族と戦います。
仏教において、神様は仏様の化身で、本当の仏の姿を本地仏と言いますが、毘羯羅(びから)の本地仏は釈迦如来とされます。
多くの場合、手に三鈷杵(さんこしょ)と言う武器を持ちます。
新薬師寺の十二神将像では髪の毛が逆立った荒々しい像容です。
毘羯羅(びから)の干支「子」
著作権フリーの毘羯羅(びから)が子を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
毘羯羅(びから)のご真言
おん びから そわか
招杜羅(しょうとら)大将(丑神)
招杜羅(しょうとら)は、インド神話のチャトゥラが由来となる十二神将です。
新薬師寺の招杜羅(しょうとら)の像では、剣を持ちます。
招杜羅(しょうとら)の干支「丑」
招杜羅(しょうとら)の干支は丑で、興福寺の木造十二神将立像の招杜羅(しょうとら)像では頭の上にかわいい牛が乗っているのがわかります。
顔が険しい分すごくギャップのある写真です。
招杜羅(しょうとら)のご真言
おん しょとら そわか
真達羅(しんだら)大将(寅神)
真達羅(しんだら)はインドのキンナラ/シンドゥーラが由来とされます。
緊那羅とも呼ばれ、新薬師寺の像では宝棒と、人々の願いを叶えると言われる宝珠を持っています。
真達羅(しんだら)の干支「寅」
真達羅(しんだら)は干支では寅が対応し、頭の上に寅を乗せる真達羅(しんだら)大将像があります。
興福寺の国宝木造十二神将立像の真達羅(しんだら)像の画像は以下の通りです。
真達羅(しんだら)のご真言
おん しんだら そわか
摩虎羅(まこら)大将(卯神)
摩虎羅(まこら)はインドのマホラガ・マクラが由来とされ、大威徳明王の化身として描かれます。
新薬師寺の十二神将像では斧を持つ像です。
摩虎羅(まこら)の干支「卯」
著作権フリーの摩虎羅(まこら)が卯を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
摩虎羅(まこら)のご真言
おん まこら そわか
波夷羅(はいら)大将(辰神)
波夷羅(はいら)はインドのパジラ/パジュラが由来とされています。
新薬師寺の十二神将像では両手に弓を持つ像です。
波夷羅(はいら)の干支「辰」
波夷羅(はいら)の干支の動物は辰で、興福寺の波夷羅(はいら)大将像には髪方も荒々しく、頭の上に竜の頭が乗っていることが見れられます。
波夷羅(はいら)のご真言
おん はいら そわか
因達羅(いんだら)大将(巳神)|帝釈天ともされる十二神将
因達羅(いんだら)は、インドのバラモン教において重要な神様の一柱である雷神インドラが由来とされます。
天部にはインドラに対応する神として、帝釈天という四天王を統べる神様がいますが、この神様と因達羅(いんだら)は同一とされます。
因達羅(いんだら)と同一視される帝釈天は、死んでも何度も蘇って戦いをつづける阿修羅に勝利した最強の神様とも考えられますが、十二神将の中で最強とはされません。
ちなみに帝釈天という神様は、須弥壇を守護する二大護法善神である梵天と帝釈天とも言われるほど、仏教世界の神様の中では重要な存在です。
因達羅(いんだら)の干支「巳」
因達羅(いんだら)大将像では頭に巳を乗せています。
因達羅(いんだら)のご真言
おん いんだら そわか
珊底羅(さんていら)大将(午神)
珊底羅(さんていら)はシャンディラ/サンティラが由来とされます。
新薬師寺の十二神将像の珊底羅(さんていら)では鉾を持ちます。
珊底羅(さんていら)の干支「午」
著作権フリーの珊底羅(さんていら)が午を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
珊底羅(さんていら)のご真言
おん さんていら(さんちら) そわか
頞儞羅(あにら)大将(未神)
頞儞羅(あにら)はアニラ/マジラから由来され、摩尼羅(まにら)とも呼ばれます。
新薬師寺の十二神将像の頞儞羅(あにら)では両手に矢を持ち兜をかぶる姿が見られます。
頞儞羅(あにら)の干支「未」
著作権フリーの頞儞羅(あにら)が未を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
頞儞羅(あにら)のご真言
おん あにら そわか
安底羅(あんていら)大将(申神)
安底羅(あんていら)は「あんちら」とも読まれ、アンディーラが由来とされます。
ちなみに、安陀羅(あんだら)というのも同じ十二神将を表します。
新薬師寺の十二神将像の安底羅(あんていら)では両手に払子という、特に仏教僧が法要の際に持つ、馬の尾などを束ねた仏具を持っています。
安底羅(あんていら)の干支「申」
著作権フリーの安底羅(あんていら)が申を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
安底羅(あんていら)のご真言
おん あんていら(あんちら) そわか
迷企羅(めきら)大将(酉神)
迷企羅(めきら)は弥法羅(みこら)とも言われ、ミヒラが由来とされます。
新薬師寺の十二神将像でっは何も持っていない像として有名です。
※他の寺院では持ち物が変わり、何も持っていない十二神将像が別であることがあります。
迷企羅(めきら)の干支「酉」
著作権フリーの迷企羅(めきら)が酉を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
迷企羅(めきら)のご真言
おん めきら そわか
伐折羅(バサラ)大将(戌神)|十二神将最強の神
十二神将最強の神であり、最も人気で有名な十二神将像ともいえる伐折羅(バサラ)はヴァジュラが由来とされます。
上の写真は新薬師寺の十二神将像の伐折羅(バサラ)大将像ですが、1300年前もの作ではないような、圧倒的な表情をしており、髪の毛も逆立ちすさまじい威圧感を持っています。
新薬師寺の十二神将像では伐折羅(バサラ)も沓(くつ)を佩いていますが、同じ国宝の興福寺の木造十二神将立像の伐折羅(バサラ)像では唯一草履をはいている姿が見られます。
ちなみに、佐々木道誉という、鎌倉時代から室町時代にかけて活躍した守護大名は婆沙羅(バサラ)ものと呼ばれ、その当時流行った派手な風俗をし、他のものとは一歩違う雰囲気を持つ洒落者という意味で婆沙羅(バサラ)という言葉が使われました。
この婆沙羅(バサラ)と、十二神将の伐折羅(バサラ)は意味が違うものです。
伐折羅(バサラ)の干支「戌」
興福寺の木造十二神将立像の伐折羅(バサラ)像の画像はこちらです。
頭の上に戌がいるかどうかわかりにくいですが、新薬師寺の十二神将像同様動きのある仏像でとても迫力があります。
伐折羅(バサラ)のご真言
おん ばさら そわか
宮毘羅(くびら)大将(亥神)|金毘羅様とも言われる十二神将筆頭
宮毘羅(くびら)は金光明経というお経の中では、金毘羅とも表記され、金毘羅様と同一視される神様です。
十二神将筆頭の神とも言われ、元々はインドのヒンドゥー教のガンジス川の鰐を神格化したクンビーラ(マカラ)という神様が由来とされます。
金毘羅さんと言うと、現在ではその本山の香川県金刀比羅宮のご祭神大物主神(オオモノヌシ)を意味しますが、明治時代の廃仏毀釈以前までは様々な神様が習合した神様とされていました。
宮毘羅(くびら)はこんぴらさんと言われ、水神・龍神とされ農業の信仰に大きく関り衆望を高めた神様です。
宮毘羅(くびら)の干支「亥」
著作権フリーの宮毘羅(くびら)が亥を頭に乗せた画像がありませんでしたが、興福寺のページ見てご覧になれます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
宮毘羅(くびら)のご真言
おん くびら そわか
十二神将像について
十二神将像についてその見どころなどを簡単にご紹介します。
十二神将立像の像容
十二神将像は「神将像」「武人像」と言われ、中国風の武将の姿をしています。
顔は忿怒相(ふんぬそう)と言い、目を見開いて怒っているような顔をしています。
いずれも、悪を退散させ、薬師如来様を守るためにそのような像容になっています。
十二神将像の中で、干支の動物が入るようになるのは平安時代以降の作とされ、最も有名なものは興福寺の国宝「木造十二神将立像」です。
十二神将像の彩色
すでに1000年を超える仏像もある十二神将像は元々彩色がなされていて、色があったとされます。
最新のの科学技術によって、それらの美しい色を再現したものもあります。
十二神将像の肌の色については続いてのところでまとめてご紹介いたします。
十二神将像の持ち物
十二神将像の持ち物はほとんどが武器を持っていました。
これらの武器は仏像で一定することはありません。
四天王像のように特徴的なものを持つこともなく、ほとんどの仏像が仏教の敵となる鬼や悪の存在に対して武器を持って応戦する姿をしています。
十二神将のその他の干支の例や本地仏
十二神将像の干支をご紹介しましたが、上記のものは一部の作において言われるもので、対応する干支を真逆とする仏像もあります。
十二神将像の色、持ち物、干支や本地仏について今一度簡単に表にまとめてご紹介します。
十二神将像 | 色 | 持ち物 (新薬師寺) |
干支 | 本地仏 | 干支別の例 |
毘羯羅 (びから) |
赤 | 三鈷杵 | 子 | 釈迦如来 | 亥 |
招杜羅 (しょうとら) |
青 | 左手に剣 | 丑 | 大日如来 | 戌 |
真達羅 (しんだら) |
黄 | 左手に宝棒 右手に宝珠 |
寅 | 普賢菩薩 | 酉 |
摩虎羅 (まこら) |
白 | 右手に斧 | 卯 | 大威徳明王 | 申 |
波夷羅 (はいら) |
赤 | 両手に弓 | 辰 | 文殊菩薩 | 未 |
因達羅 (いんだら) |
赤 | 右手に鉾 | 巳 | 地蔵菩薩 | 午 |
珊底羅 (さんていら) |
赤や灰 | 右手に鉾 | 午 | 虚空蔵菩薩 | 巳 |
頞儞羅 (あにら) |
赤 | 両手に矢 | 未 | 如意輪観音 | 辰 |
安底羅 (あんていら) |
緑 | 両手に払子 (ほっす) |
申 | 観音菩薩 | 卯 |
迷企羅 (めきら) |
黄 | 唯一なし | 酉 | 阿弥陀如来 | 寅 |
伐折羅 (ばさら) |
城 | 右手に剣 | 戌 | 勢至菩薩 | 丑 |
宮毘羅 (くびら) |
黄 | 右手に剣 | 亥 | 弥勒菩薩 | 子 |
国宝の十二神将像が見られる寺院
国宝の十二神将像が見られる有名な寺院をご紹介いたします。
新薬師寺(奈良県)|十二神将像で日本最古
何度か本記事でも新薬師寺については、ご紹介しましたが、改めてご紹介します。
新薬師寺の十二神将像は日本最古の十二神将像です。
塑像という、粘土によって作成された彫刻で、奈良時代聖武天皇の病気平癒の大願を祈るために光明皇后によって創建されました。
薬師如来像を囲うように円形で十二神将像が配置されており、十二神将の内一体だけは後の世の作品ですが、約1300年の歴史をそのままに残す素晴らしい場所です。
新薬師寺の十二神将像は152cm~166cmと人間の身長に近いです。
仏像ファンも多く新薬師寺の十二神将像のフィギュアもあるほどです。
ぜひ一度見に行ってみてください。
参考:新薬師寺 十二神将像
興福寺(奈良県)|干支がついた十二神将像で有名
興福寺の十二神将像は鎌倉時代の作で、髻(もとどり)という頭頂部に得tの動物がいるという特徴があります。
鎌倉時代になると、運慶快慶など教科書にも出てくる仏師が出てきますが、細部まで凝られた像は今にも動き出しそうな躍動感を持ちます。
参考:興福寺 木造十二神将立像
広隆寺(京都府)|弥勒菩薩が有名だが十二神将像も国宝
広隆寺と言えば国宝第一号指定である弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。
ですが、実は広隆寺の十二神将像も国宝指定されていて、しかも奈良の新薬師寺の十二神将像に次ぐ日本で二例目となる十二神将像です。
有名な十二神将像が見られる場所
十二神将像は上記で見た奈良京都の古寺がやはり歴史があって、有名なものも多いですが、他にも様々なところで有名な十二神将像がありますので、それらをご紹介します。
東京なら国立博物館や寛永寺
東京で十二神将像を見るなら東京国立博物館や上野の寛永寺の十二神将像が有名です。
東京国立博物館では、重要文化財指定の十二神将像を展覧しています。
寛永寺の十二神将像は江戸時代の作で表情が豊かなことで有名です。
室生寺(奈良県)
重要文化財指定の鎌倉期に作成された十二神像を見ることができます。
室生寺の十二神像でも頭頂部に干支を付けているのが見られ、大胆な動きをする十二神像は一見の価値があります。
参考:室生寺 十二神将像