十六夜(いざよい)の月とは|いつの月を意味するか
十六夜と書いて、いざよいと読む。
日本では旧暦である太陰暦を使っていた古くから、この十六夜(いざよい)の月を見るという風習がありました。
今となっては十五夜のお月見や詳しい人だと十三夜という月見のイメージしかあまりないと思いますが、
今回はあまり聞かなくなった十六夜(いざよい)という月を見る習慣について、そもそも十六夜の月はどんな意味を持つのかなど解説をしていきます。
今年2019年の十六夜の月は9月14日火曜日
十六夜は今の太陽暦になる前の太陰暦の頃の風習なので、暦のずれがあり、毎年日がずれます。
旧暦では十六夜は8月16日に行われていました。
ちなみに、今年2019年は9月14日が十六夜です。
※2017年の十六夜は10月5日でだいぶずれがありますね。
十六夜の意味は
十六夜の意味は、皆さんもよく聞く十五夜(中秋の名月)の次の日の十六日の夜です。
ただ、元々、十五夜も十六夜も毎月、月が満月になる日とその翌日を意味しています。
その中で、なぜ旧暦8月15日が十五夜と呼ばれるようになったかと言うと、中国から暦が入ってきたとき、中国の風習ですでに十五夜があったんです。
日本と中国は気候が違いますが、日本でも秋に差し掛かり、空気が澄んで綺麗だということで、そのまま土着したようです。
なので、昔の人は、旧暦8月15日、16日と連日できれいな月を愛でていたのですね。
さて、十六夜と書いて、なぜ「いざよい」と呼ぶのか
その由来は、
「猶予う(いざよう)」という言葉にあります。
いざようとは、躊躇するという意味の古語で、
十六夜の月は、満月の十五夜の日より、周期の関係で50分遅くれで現れます。
その遅れている様を、「躊躇しながら出てきている」と擬人化して「猶予いの月」→「十六夜(いざよい)の月」と呼んだんですね。
十六夜の読み方
ちなみに、十六夜はいざよいと読むと言いましたが、
そのまま「じゅうろくや」とも読みます。
また、十六夜の月は別名で、既望(きぼう)とも呼ばれています。
ちなみに、この言葉の語源は、
「既に満月(望月)を過ぎてしまった」という意味を持っています。
十六夜の月を見る意味とは
十六夜の月を見るのは、冒頭でも説明した十五夜の風習が中国から伝来したことにも由来しますが、日本古来の月待信仰という文化の影響もあるようです。
いつから十六夜の月を見るようになったか起源の説
月待信仰は月待ち講とも呼ばれる、民間信仰を意味します。
日本では、古来から自然のあらゆる動きや存在に神様が宿っている、神様の仕業と考える自然崇拝の宗教観があります。
ツクヨミノミコト(月読命)という月の神様も日本神話には登場しますね。
十六夜の月も含めて、十三夜待、十五夜待、十七夜待、十九夜待、二十三夜待など、地域によっては毎月、各月などなど様々な月の日に集まり、祈願、読経などをしていたといわれます。
16世紀には、公家がしていたと文献にも出てくる風習だったようです。
季語「十六夜」を取り入れた俳句や短歌
十六夜は秋の季語として、古来から和歌(短歌)や俳句に用いられてきました。
有名な俳句では、松尾芭蕉が
「十六夜は わづかに闇に 初哉(はじめかな)」
と呼んでいます。
また、平安時代の物語、「源氏物語」では、和歌ではありませんが、
光源氏が夜這いをしていた美しい姫の一人が出る、夕顔の段で、
「いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむこと、、」
と十六夜の月の語源の猶予う様子を女性になぞらえた一説もあります。
十六夜は英語で言うと
十六夜は英語にはない概念なので、残念ながら直訳では存在しません。
毎月16日に出る月という意味では、
the sixteenth night of a lunar month (太陰暦の16日の夜)という意味ですね。
十六夜の月は満月ではないが
十六夜の月は十五夜(満月)の次の夜のお月様なので、満月ではありません。
しかし、そもそも日本では満月だけを十五夜(中秋の名月)に見るという文化ではなく、様々な形の月を愛でるという文化があったのは先ほど解説した通りです。
十五夜の月は台風のシーズンと被り、毎年きれいに見れるわけではありませんので、十六夜や十三夜の月でお月見をしてみてはいかがでしょうか?
十五夜や十三夜についてはこちらで詳しく解説しております。
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